『箱の中の羊』ロボット、そして命とどう向き合うか

ドラマ映画

映画ファンが待ち望んだ、是枝裕和監督による久々のオリジナル監督・脚本作『箱の中の羊』。

ご覧になった方の中には、これまでの是枝作品の重厚感や作風と比較して、少し異なる手触りを覚えた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、本作が提示している現代的なテーマや、張り巡らされた意図を紐解いていくと、やはり映画として記録し、語り合いたくなる魅力に満ちていることに気づかされます。

bitotabi
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今回は、本作をネタバレありで深く解説していきます。

テーマやタイトル考証について深く知りたい方や、今一つ楽しみ切れなかった、再鑑賞しようと思っているという方もぜひご一読ください。

ダニー
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くれぐれも観てから読んでね!

作品概要

本作は、世界的な評価を受ける是枝裕和監督が、前作から一定の期間を経て満を持して送り出した監督・脚本作です。

bitotabi
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監督も脚本も両方手掛けたのは2022年の『ベイビー・ブローカー』以来となります。

主演を務めるのは、是枝監督とは『海街diary』以来のタッグとなる綾瀬はるか。そしてそのパートナー役として、お笑い界の第一線で活躍する千鳥の大悟がキャスティングされたことで、公開前から大きな話題を呼びました。

物語のあらすじは以下の通りです。

息子を亡くして2年、建築家の音々(綾瀬はるか)と工務店の二代目社長を務める健介(大悟)の甲本夫婦は、亡き息子・翔の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることになります。 翔が到着した日、「おかえり」と駆け寄り喜びを隠さない音々と、戸惑いを隠せない硬い表情の健介。「パパだよね」と問いかけられた健介は、「おじさんでええよ」と答えるのでした。 少しずつ動き始める家族の時間。静かに広がっていく波紋。 ほどなく予期せぬ事態が起こり、夫婦がそれぞれに抱く息子の死への想いが露わになっていくのです。夫婦とは?家族とは?彼らは大きな決断に迫られます。 そんな中、ヒューマノイド翔は密かにヒューマノイドの仲間たちとつながり始める──。

一見すると、与えられた知識やリサーチに基づいて行動していると思われるヒューマノイドですが、彼らが人間社会の中で過ごし、とある変化を迎えるにつれて、物語は観客の予想を超えた領域へと動き出します。

タイトル考証

本作のタイトル『箱の中の羊』は、サン=テグジュペリの名作『星の王子さま』の一節から着想を得ています。

砂漠に不時着した飛行士に、王子さまが最初にかけた言葉は「ヒツジの絵を描いて」でした。飛行士は戸惑いながらも描き始めますが、王子さまは「病気で弱っている」「角が生えている」「年を取りすぎている」と、提示された絵をなかなか受け入れません。困り果てた飛行士が、箱の絵を殴り描きし「この中にヒツジがいるよ」と言って渡すと、王子さまは「こんなのが欲しかったんだ」と顔を輝かせました。王子さまは箱の中の羊を、目ではなく心で、つまり「想像力」によって見ていたのです。

本作において、この一節は非常に重要な意味を持っています。劇中で綾瀬はるかと大悟が演じる夫婦は、ロボット(ヒューマノイド)だからこそ与えられた知識に基づいて推察したり、リサーチして言動を起こしたりしているものだと思われていました。しかし物語の終盤にかけて、彼らが実際には自ら想像し、人間のような独自の欲求さえ抱いていることが明らかになります。

ロボットには中身を想像する力があるのか。これが本作のメインテーマの一つであり、同時に映画は観客に対して「目に見えないものの中身を想像して楽しんだり、答えを出したりする力を、実は人間の方こそが失ってしまっているのではないか」という皮肉な気づきを突きつけてくるのです。

bitotabi
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大きなテーマがもう一つありますので、それについては後述します。



気になるキャストの演技

本作を鑑賞するにあたり、多くの映画ファン、そしてお笑いファンが注目していたのは、間違いなく千鳥の大悟の演技だったのではないでしょうか。

大悟はこれまでにもいくつかの映画作品に出演経験があり、白石和彌監督の『ひとよ』などでは、その社会からはみ出た雰囲気を活かした役柄を演じていました。しかしこれまでの作品では、どこか「大悟が下手な演技をしている」という構えが見え隠れし、芸人仲間からいじられるような隙があったことも否定できません。また、現在のテレビ界における千鳥の圧倒的な地位や、メディアがダウンタウンの後継としてデザインしようとしている背景を考えると、今回の日本を代表する是枝監督作品への出演には、ある種の緊張感が漂っていました。

bitotabi
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私は大阪出身なので、昔から千鳥の活躍を観てきて今も大好き。かつ是枝監督も大好き。なので本作を観るにあたって結構シビアになってしまったのです。

キャスティングに妥協を許さない是枝監督が、大悟をどのように活かすのか。世界観を壊さないためには、極端にセリフを減らすしかないのではないか、そんな懸念を抱きながらスクリーンに向き合ったのも事実です。

しかし、結論から言うと、大悟の演技にはほとんど違和感がありませんでした。これまでの出演作のように無理にキャラクターを作り込もうとするのではなく、本作における大悟は、「いつもの大悟」に近い空気感を纏っていました。話し方も雰囲気もほぼそのままでありながら、お笑いとしてのボケやツッコミの要素だけを完全に削ぎ落としていたのです。

これこそが、是枝監督の恐るべき演出手腕の巧みさと言えます。普段の大悟が持つ自然な魅力をそのまま映画の世界観に溶け込ませることで、他の実力派俳優陣とのギャップを生ませず、綾瀬はるかのパートナーとして遜色のない存在感を成立させていました。もし大悟が芸人にならず、作中の設定と同じように「工務店の二代目社長」になるという世界線があったらこんな感じかもしれない、と思わせるほどの自然さがあったのは見事というほかありません。

ダニー
ダニー

俳優として手垢があまりついていないっていうのもよかったのかもね。

千鳥が築き上げてきた、芸能人としての風格も手伝って素晴らしい仕上がりになっていましたが、これはやはり是枝監督の脚本と演出があってこその奇跡的なバランスです。大悟にとっても、今後はよほど信頼できる監督や脚本のオファーでない限り、無謀に主演などを張るような方向へは進まず、今回の名演を一つの到達点として大切にされるのが賢明ではないかとも感じました。



もう2つのテーマ

先ほど申し上げた通り、本作は「ロボット(ヒューマノイド)は想像する力があるか、目に見えないものの中身を想像して楽しんだり、答えを出したりする力を、機械に任せてしまいすぎていることによって、実は人間の方こそが失ってしまっているのではないか」というものの他に、

人型ロボットとの向き合い方」と「亡くした命との適切な向き合い方」というものがあるのではないかと感じました。

「人型ロボットとの向き合い方」

是枝監督は、リアルな現代の問題をテーマに扱ってきた監督です。そんな彼が、今回挑んだ近い未来のテーマ。死んだ人の代わりにロボットと暮らすというストーリー。もしかするともう、水面下で動き出しているのかもしれません。本当にすぐそこにあるのかもしれない。

bitotabi
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何といっても世界の是枝監督ですからね。一般的には知られていないことを知っている、予測できているということは在り得る話でしょう。

こういった、限りなく人間に近い存在と暮らす世界において、どういった問題が発生するか。こういったものは、古くはアイザック・アシモフのSFや、手塚治虫の漫画で散々扱われてきたものです。シンギュラリティを危惧したり、ロボット側の権利に配慮したりという。

そういった世界が、いよいよすぐそこまで来ているのかもしれない。人間はAI技術をコントロールしきれているのか。制御しきれるのか。一般人も振り回され始めているのではないか。

もしかすると、『箱の中の羊』は、人型ロボットを購入するにあたって観るべき、知っておくべきもの。教習所や安全講習の啓発動画のようなものとして作成されたのかもしれません。

そこいくと、バラエティ番組で毎日のように観る千鳥大悟、CMクイーン綾瀬はるかのキャスティングも何となく納得がいくというか。身近な出来事としてとらえやすいように。

「亡くした命との適切な向き合い方」

そして、そこに重ねってくるのが、「亡くした命との適切な向き合い方」というテーマです。

特に、本作のように幼い子どもを亡くしてしまったケースでは、代替ロボットでその傷を癒すというのも思いつきやすいものです。

はたしてそれは、正しいことなのか。健全であることなのか。本当に心の隙間を埋めることができるのか。

忘れずにいること、記憶の中で在り続けること。人はいつか誰しも生命活動を終えるものだから、それが適切であるとは思います。やはり代わりとしてそっくりなロボットと共に暮らそうというのは、何か違う気はする。

けれども、同じ立場でその可能性を示されたら、強い気持ちでNOとは言えないかもしれない。でも気軽に買えるものでもないだろう。

そういったことも考えさせられる作品でした。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

『箱の中の羊』は、一見するとこれまでの是枝作品ほどの派手さや強い揺さぶりはないように思えるかもしれません。しかし、タイトルに込められた『星の王子さま』のメッセージや、ロボットと人間の境界線、そして大悟という異色のキャスティングを見事にコントロールした演出力を振り返ると、やはり非常に見応えのある一本であったと確信できます。

人間が失いつつある「箱の中を想像する力」を、私たちはもう一度取り戻せるのか。映画が終わった後も、深く考えさせられる作品です。

bitotabi
bitotabi

近い未来に在り得る出来事として、身構える気持ちも持ってしまいますね。

ダニー
ダニー

あなたならどうする?という問いはこれまでの作品どうようあったのかもね!

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