『野火』。毎年8月を迎えるたびに、この作品のリバイバル上映が繰り返されるのには明確な理由があります。
エンターテインメントの枠を遥かに超越した、直視を拒むような生々しい暴力と絶望を観る者に突きつけてくるからです。

戦争映画の中でも、特に強烈です。でも誇張しているようにも感じられない。

本当に怖い映画だけど、キチンと解説していくね。
作品概要
- 公開年:2015年
- 監督:塚本晋也
- 脚本:塚本晋也
- 原作:大岡昇平
- キャスト:塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作 ほか
- あらすじ:第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。結核を患い部隊を追われた田村一等兵は、野戦病院送りを拒絶され、ジャングルをさまようことになります。飢えと病に苦しみながら極限状態を生き抜こうとする中で、日本兵たちの残酷な現実と狂気に直面していくことになります。
第二次世界大戦末期の日本
日本はかつて、南部仏印進駐などを契機に対米関係が悪化する中、石油などの資源を求めて南方進出を推し進め、1941年12月の真珠湾攻撃と同時期にアメリカの植民地であったフィリピンへの侵攻を開始しました。初期の作戦によって一時は占領を成し遂げたものの、戦局の悪化とともに制空権や制海権を完全に奪われていきました。
そして1944年10月、マッカーサー率いるアメリカ軍がレイテ島に反攻上陸を果たします。大本営は無謀な誇大戦果の誤認等から同島での決戦を強行しましたが、すでにまともな補給線も維持できない状態でした。レイテ島をはじめとする戦線では、戦闘による戦死よりも圧倒的に多くの兵士が飢餓やマラリアなどの病気によって命を落とすことになりました。まともな食料も医薬品も届かない極限のジャングルの中で、組織的な部隊としての機能を失った兵士たちが文字通り野垂れ死んでいったのが、当時の偽らざる史実です。
勝算のない戦いへ兵士たちを追い詰め、犬死にを強いた当時の国家の判断には、ただただ痛恨の極み、取り返しのつかない後悔の念を禁じ得ません。本作が描く凄惨な光景は、そうした歴史の闇に埋もれた現実に深く根ざしています。
戦争がもたらす究極の飢餓と狂気
飢えと、その元凶である戦争は、やはり恐ろしいものです。作中では人食いまでもが描かれます。フィリピンの人々を「猿」と称して撃ち、食らう描写は、あまりにも悍ましい光景です。
私は本作を今まで観た映画の中で一番怖く感じました。人が徐々に狂っていき、最後には尊厳も何もかも失って仲間同士で殺し合い、食い合う。そこにあるのは最悪の地獄です。人は鬼にも悪魔にもなりうるのだと思い知らされます。そして、その理性のハードルをあまりにも容易に下げてしまうのが戦争なのでしょう。本作はフィクションの形式をとっていますが、原作者の大岡昇平が実際に体験した出来事が大いに含まれていることは、想像に難くありません。だからこそ、恐ろしい。きっとこの映画で描かれた出来事は、戦場ではそう珍しいものではないのかもしれないと感じさせられます。
圧倒的かつ異様な特殊効果が映し出す恐怖
本作における特殊効果の作り込みは、筆舌に尽くしがたい凄まじさがあります。様々な種類の怪我や、銃撃による肉体の破損、過酷な環境で命を落とした死体たちの見せ方は、一般的なホラー映画の演出を遥かに凌駕するほどのリアルさと生々しさを放っています。
作り物であると頭では理解しながらも、画面から伝わってくるのはフィクションとしてのエンターテインメントではなく、目を背けたくなるような現実のグロテスクさそのものです。怪我の痛みや腐敗の気配がスクリーンから立ち込めてくるかのような特殊効果の数々は、観る者の精神を容赦なく追い詰めていきます。これがかつて現実に起こったことであり、そして現在進行型で世界のどこかで起こっているかもしれないという逃れられない事実を、この凄まじいビジュアルは強烈に突きつけてくるのです。
崩壊した心と残された影
ラストの田村の不可解な行動は、おそらく永松が安田を殺したシーンを模しているのだと考えられます。人肉の味が忘れられないのか、あるいは拭えない後悔の念によるものか。どちらにせよ、彼の心はすでに病みきっています。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
塚本晋也監督の『野火』は、戦争が人間の尊厳をいかに容易く剥ぎ取り、地獄を作り出すかを極限のリアリティで描いた作品です。
目を背けたくなるような残酷な描写の裏には、二度と過ちを繰り返してはならないという重い現実が横たわっています。

心から、戦争のない世界を願います。

少しでも多くの人がそう思ってくれるといいな。
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