ホラー映画の進化と変質 過激さのインフレが生んだ物足りなさ

ホラー映画

「最近のホラーって、グロテスクなシーン強烈だなぁ」

CGや撮影技術のハイテク化により、そう感じられることも多い一方で、

「なんかでもいまいち怖くないかも」

そんな風に思った事はないでしょうか。

あなたが怖いものに強くなったのでしょうか。あるいは、最近のホラー演出に甘いものが多いのか。はたまた、テクノロジーの発達と共に怪異的なものに対する印象が薄まったのか。

ずばり、全部当てはまるかもしれないし、そうでないかもしれない。そうした矛盾を抱えつつ、いまやスマートフォンは老若男女を問わず誰もが持ち歩き、ポケットから取り出せばいつでもインスタントに過激なコンテンツへとアクセスできる世の中になりました。こうした環境が当たり前になった現代において、ホラー映画の作り手側にも変化が生じています。日常的に刺激的な映像に触れている観客を惹きつけるため、映画ならではの潤沢な予算をかけた、より派手で過激なゴア表現へと舵を切る作品が増えているわけです。

しかし、実際にそうして作られた過度なゴア作品の多くは、それほど面白くないことが多いのも事実です。それよりも、ジョーダン・ピール監督作品や『ミーガン』、『ドールハウス』、『近畿地方のある場所について』のように、映像の過激さ頼みではなく巧みな脚本、演出や様々な工夫を凝らしてこちらの想像を上回る作品の方が、圧倒的に面白いと私は思います。

bitotabi
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今回は、近年のホラーの傾向を探りつつ、ゴア描写が多い理由や本当に優れたホラー作品とはどういったものであるか、もう少し掘り下げていきましょう。

ダニー
ダニー

めっちゃ気になる!

過激さのインフレとゴア描写の裏側

手軽に刺激的な映像を摂取できる現代のオーディエンスを相手にするからこそ、映画界でもビジュアルのインパクトを競い合うような傾向が強まっています。しかし、実際にそうして作られた過度なゴア作品の多くは、見た目の派手さに反して物語としての深みや恐怖の持続力が伴わず、それほど面白くないことが多いのも事実です。

観客のハードルが上がっているからと言って、ただ直接的なグロテスクさをエスカレートさせるだけでは、本当の意味で心に残る恐怖を生み出すことは難しいと言えます。なんだったら、そういうシーンばっかりだと、気持ちも萎えやすいし、感覚も鈍麻してどんどんつまらなくなっちゃう。退屈で寝ちゃうことだってあります。

ゴアが多くても面白い作品には理由がある

例えば最近の作品で言うと『ウェポンズ』や『サブスタンス』はかなりグロテスクな描写があったけど、めちゃくちゃ面白かった。グロさに全振りするのではなく、今までにないストーリーや、逆に今までの映画へリスペクトを込めたオマージュなんかがふんだんにあるから、少し観ただけでこの映画は面白いというのが直感的に分かる。

『テリファー』なんかも、目を背けたくなるようなスラッシャーがふんだんにあるけど、アート・ザ・クラウンの個性が光っててあいつはどういうやつのなのか気になるし、乗り越えられそうなハードルがあるので、「どうせ死ぬ」と思わずに最後までドキドキできる。『ムカデ人間』もグロだけじゃなくてキャラクターにドラマがあるから目を背けながらも最後まで見守ろうと思える。

映画でしか見せられないような繊細でリアルなグロいシーンを巧く入れつつ、キチンとプロットやアイデアで以て感動させるホラー映画はとっても優れていると思います。『ミッドサマー』なんて、あの激グロシーンがなくても面白いのに、やっぱりあの映画の話になるとあのシーンがよぎりますもん。まんまと記憶に残らされている。巧いよなと思いますね



ゴアばっかりなのに面白い作品もある

不思議なもので、ゴア描写ばかりなのに面白い作品もあるんですよね。『ファイナル・デスティネーション』シリーズがその最たるものではないかと思います。もうあのシリーズって、パターン決まりきってるんですよ。なんか共通の場に居た人が順番に死んでいくっていう。何人か死んでからそれに気づいてみんなで防ぐために頑張るっていう。このお決まりのプロットが割と面白いというのがまず一つ。全然信じないやつとか、過剰に信じるやつとか、べたべたなんですけどやっぱり起承転結がはっきりしてて観やすい。あと、ピタゴラスイッチの気持ちよさがあるんですよね。「おお、そうきますか」っていう。あの映画の一番の怖さは、観てる最中のゴアではなく、観終わってから車で貨物車の後ろに停まったり、ちょっとした壁の釘が妙に気になったりする、「もしかしたら…」の呪いにかかっちゃうことだと思うんですよね。

あえて見せない恐怖の喪失と演出の妙

一方で、こうした表現のインフレが進む現代において、かつてのホラーにあった大切な要素が失われつつあります。それは、あえて見せないことで観客の頭の中で膨らんでいく恐怖の構造です。

『回転』や『シャイニング』が放っていた底知れぬ怖さは、すべてを視覚的にさらけ出さないからこそ成立していました。いつでも手元でどんな刺激でも得られる現代において、あの得体の知れない恐怖を味わう機会は、なかなか得られなくなっていると言わざるを得ません。

過剰な刺激の先を追い求めるのではなく、アイデアと演出で観客の想像力を刺激する作品にこそ、私たちが本当に求めているホラーの面白さが宿っています。



日本のホラーはどうか

結論から言うと、日本のホラー作品はそこまでゴア表現ばかりに偏っているものは少ないような気がしています。極端にスラッシャーやスプラッターに全振りしたものって、ほとんどないのではないでしょうか。

日本の映画は、古くは『怪談』や『雨月物語』のように、世界にも通ずる能や歌舞伎のエッセンスを含んだ美しさがありつつ、さらにしっとりと怖いものが代表的でした。それからは海外の作品同様、どんどんと枝分かれしていきます。『HOUSE』のようなカルト作品や、黒沢清監督作品のようなサイコスリラーな味わいのあるものなど様々です。

でもやっぱり王道として中田秀夫監督の『リング』や『仄暗い水の底から』のような作品があって、どんなホラーも怪異に理由や背景を持たせることが多いと思います。なんとなく「不幸な目にあった人」の怨念があるというのが下敷きとしてあるため、快楽として殺人をする猟奇殺人鬼のようなキャラクターは登場しにくいのだと考えられます。だから、プロットが大崩壊はしない。ある程度ストーリーを楽しみながら鑑賞できるのは日本ホラーの特徴ではないでしょうか。

しかしながら日本のホラーはコメディミックスなものが多くなったように思います。オカルトがそれなりにブームとなって、漫画とかアニメでもそういう類のものが増えてきた。だから割とマイルドな味わいにして多くの人にリーチできるようにしているのかもしれませんね。私はコメディ寄りのホラーも好物なので、これはこれでありかなと。どうしてもB級から抜け出しにくくはなりますが。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

手軽な刺激があふれる時代だからこそ、映像の派手さだけに頼らない、巧みなアプローチで魅せるホラー作品の価値を改めて見つめ直していきたいものです。

bitotabi
bitotabi

やっぱり本当の恐さって、映像のインパクトだけでは成立しないですよ。じっくりコトコト心に種を蒔いて恐怖を育てる。それがいい映画の魅せ方だと思います。

ダニー
ダニー

『シャイニング』『エクソシスト』『悪魔のいけにえ』どれもそうだよね。実はグロシーンはかなり少ないもん。

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