A24とローズ・グラス監督が仕掛けた本作は、観客の予想を何度も裏切り、最終的には物理法則さえも突き破る衝撃作です。
1989年という時代の転換点、肉体を蝕むステロイド、そして血を流す植物の名を冠したタイトル。
スクリーンに刻まれた数々のメタファーを解き明かすと、本作が目指した「真の解放」の姿が見えてきます。

この記事を読むと色々ハッキリすると思います!

特にラストがよく分からなかった人は必読だよ!
狂愛の起爆剤:ルーとジャッキーが踏み越えた一線
本作の舞台は、1989年、ニューメキシコ州の埃っぽい田舎町。 クリステン・スチュワート演じるジムの管理人ルーと、アンナ・バリシニコフ演じる野心的なビルダーのジャッキー。この二人の出会いは、互いの孤独を埋める以上の、破壊的な化学反応を引き起こします。

物語の軸となるのは、彼女たちを取り巻く過酷な環境です。ルーの義兄による凄惨な家庭内暴力、そしてエド・ハリス演じるルーの父が支配する武器密売の闇。レズビアン、バイセクシャルといった属性、そして剥き出しの性愛。これらの要素が絡み合い、二人は愛を守るために「殺人者」としての逃避行へとなだれ込んでいきます。特筆すべきは、筋肉によって暴走するジャッキー以上に、静かに死体を処理し、家族の呪縛を断とうとするルーの底知れぬ危うさです。
タイトル『Love Lies Bleeding』と血を流す花
原題の『Love Lies Bleeding』は、愛は痛みを伴うというそのままのものと、もう一つ隠れた意味合いがあります。
それは、学名を Amaranthus caudatus とする植物「ヒモゲイトウ」を指しています。 この花は、真っ赤な花穂が血のように滴り落ちる姿からその名が付きました。

花言葉は「不滅」「粘り強さ」そして「絶望」。一度枯れても鮮やかな色が褪せにくいという特性は、どれほど惨劇を重ね、社会的な死に直面してもなお、決して消えることのない二人の執着心そのものを象徴しています。

この映画にピッタリだ…
1989年、ベルリンの壁とステロイドの狂騒
劇中のテレビが映し出すベルリンの壁崩壊のニュース。これは世界を隔てていた壁が壊れ、古い秩序が崩壊する時代の転換点を示唆しています。

同時に、1990年の規制法成立直前というステロイドの黄金期を背景に置いた点も重要です。「手っ取り早く強くなりたい」という切実な欲望をブーストさせる薬物は、彼女たちが現状の壁をぶち破るための、文字通り「劇薬」としてのメタファーとなっています。

ベルリンの壁と精神や肉体の崩壊、爆発のようなイメージを重ねているわけですね。
『テルマ&ルイーズ』の遺伝子とアメリカン・ニューシネマ
殺人者となった二人が地平線の先へと車を走らせる幕引きは、1991年の名作『テルマ&ルイーズ』への鮮烈なオマージュです。

主人公の名がルー(Louise)である点や、家父長制の象徴である男性たち(DV夫や支配的な父)を拒絶し、法の外側へと踏み出していく構成は、かつてのアメリカン・ニューシネマが描いた「行き場のない自由」を現代的に再構築したものです。それは絶望を孕みながらも、奇妙なまでの清々しさに満ちています。

犯罪者として逃避行するラストもそれらしいよね。
なぜジャッキーは「巨大化」したのか
それまで乾いたリアリズムで描かれていた本作が、クライマックスでジャッキーを巨大化させた演出。これは本作を現実の物語から「神話」へと昇華させる重要な分岐点です。
あの瞬間、映画は物理法則を捨て、彼女たちの内なるエネルギーを視覚化しました。ルーの目に映るジャッキーは、あらゆる抑圧を文字通り踏み潰すことができる救世主。
ステロイドという「肉体の拡張」のテーマを、視覚的な極致まで突き詰めた結果といえます。

映画の脚本には嘘は一つだけいれるべしという効果が遺憾なく発揮されている印象でした。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
暴力と愛、そして肥大化した肉体。すべてが過剰に膨れ上がった果てに見せるあの地平線は、破滅への入り口なのか、それとも真の自由への始まりなのか。
観終えた後も、彼女たちの行き先を想像せずにはいられない、底知れぬパワーを秘めた一作です。

ニューシネマ的な幕引きが最高。

危うさがたまらんね。
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