私は決断するわ
映画『ベルリン・天使の詩』を午前十時の映画祭で鑑賞しました。
ヴィム・ベンダースの代表作の一つで、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した作品。
『PERFECT DAYS』でヴィム・ベンダース作品を初鑑賞した人も多いのではないでしょうか。
午前十時の映画祭に掲載されているあらすじはこちら!
ベルリンの街は天使たちに見守られている。彼らは人々の心の声を聞き、それぞれの苦悩に寄り添っていた。だが天使の一人ダミエル(ブルーノ・ガンツ)は、永遠の霊でいることに嫌気が差し、人間になりたいと悩んでいた。ある日、サーカスに迷い込んだダミエルは、空中ブランコを練習中のマリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)に恋をしてしまう。天使としての“死”を意味する事と知りながら、ついにダミエルは天界から降りることを決意する。
https://asa10.eiga.com/2024/cinema/1322/
私はこの作品、随分昔に鑑賞したんですが、当時はもう少し過激な作品を求めていたからか、今一つ印象に残っていません。こんな名作を…。
先述の通り、ヴェンダースの代表作としてオススメされることも多い作品ですが、私はかなり難解な映画なんじゃないかと思います。『パリ、テキサス』の方が、断然分かりやすい。
『ベルリン・天使の詩』はかなりポエミーでかつ、わかりにくい構造になっているんですよね。
でも、内に込めた想いは強烈なものがあるし、なんとなくそういうことを伝えようとしているんだろうなというのも分かる。でもハッキリとは分からない。
そこで、今回午前十時の映画祭で再鑑賞して気づいた事や思った事と共に、この作品を読み解く解説をしていきたいと思います。『PERFECT DAYS』との比較も。
原題について
本作について日本では『ベルリン・天使の詩』というタイトルが付けられていますが、
ドイツ語、つまり原題と、英語では意味の異なったタイトルになっています。
ドイツ語は『Der Himmel uber Berlin』で「ドイツの空」という意味になります。
ただ、ドイツ語ではHimmelには空だけではなく、「天国」や「蓋」という意味もあり、ドイツ独特な表現なのだとか。「天蓋」というニュアンスとも取れるそうです。
なので、それを踏まえて観ると、決して天使だから自由奔放、何でもできるというわけではなく、天界にも蓋のようなものがある、制限があり、全てを何とでもすることはできない。
こういった視点を持つことができますね。
というより、この映画は、ベルリンの街に閉じ込められてしまった天使たちという裏設定があるんです。
(ちなみに英語タイトルは『Wings of Desire』で「欲望の翼」というタイトルです。日本だと、ウォン・カー・ウァイの作品と被っちゃいますね。ちなみにフランス語タイトルも『Les Ailes du désir』で同じく「欲望の翼」です)
それでは次に、その裏設定について解説していきましょう。
裏設定
第二次世界大戦を経て、神は人間を見捨ててしまう。
しかし、人間と神の間にいる天使はそれに反対します。
神に逆らった罰として、天使たちは力を奪われ、閉じ込められてしまう。
その監獄というのが、当時最も酷く、悲しい街であったベルリンというわけです。
だから天使たちは、ベルリンという監獄に閉じ込められてしまっていると。
力を奪われているから、ほとんど無力なんですね。そっと肩を寄せて少しの安心感を与えることくらいしかできないんです。
だからこそ、飛び降り自殺を止められないシーンは胸に込み上げるものがあります。
ヒロインのセリフと老人について
この映画を鑑賞する上で、「?」が浮かんでしまうのが、ラストの語りと老人の存在なのではないでしょうか。
めちゃくちゃ意味深なんですが、それに関する説明が劇中では一切ないので解釈が難しい。
まず、老人の存在について。
彼は、ヴァルター・ベンヤミンという実在した人物をモデルとしたキャラクターです。
ベンヤミンはドイツの思想家、哲学者のような人物です。
ユダヤ人ということで、ナチスドイツによってその身を追われてしまい、フランスへ亡命しています。
老人にはホメロスという名前がついています。
これは紀元前8世紀頃のギリシアの吟遊詩人からとっています。
ホメロスは、書に残すのではなく語り部として活動していました。
なので、映画の老人も、「語り部」と自分のことを言っていたんですね。
老人はベンヤミンの思想を代弁する人物として描かれていたわけであります。
彼のセリフは、ベンヤミンのものを引用しているんですね。だから物語と直接的な繋がりはないと。
歴史的な偉人や政治家ではなく、人々に起こった出来事の語り部として。
「ポツダム広場はどこにあるんだ」
というセリフは、ナチスドイツのポツダム広場があった場所に、ナチスの集会所が出来てしまい、最後には焦土と化してしまい、何も無くなってしまったことを指しているんです。
「たくさんの旗が掲げられた」
というのも、ナチスの旗のことを意味しているんですね。
さらに、老人を演じたクルト・ボウワという俳優は、ユダヤ人で、アメリカへ亡命し、後に『カサブランカ』に出演しています。
だから劇中でピーター・フォークが撮影していた映画は『カサブランカ』と似たようなものになっているんです。
あの老人は、ベルリンを体現するようなキャラクターとして描かれているんですね。
そして、次は最後のヒロインのセリフについて。
結構な長ゼリフで、ラブストーリーの延長ともとれるあのセリフですが、何だか攻撃的で意味深ですよね。
「私は決断するわ。あなたは覚悟ができた?」
そんなことを何度も言うんです。
これは、当時の観客に向けて言っているものなんです。
決断というのは、ベルリンの壁を壊すという決断。
1987年公開当時のベルリンは東西が真っ二つに分断されていたんですね。
これに対する決断ができた。あなたがたはどうなんだ。覚悟はあるのか。
そういったヴェンダースからの力強いメッセージなのです。
いやー、これは見方が変わります。
ちなみに老人が歩いていたのはこの壁と壁の間の区域なんです。
町山さんの解説を聞けば、よりよく分かりますので、ぜひお聞きください。
ちょっと変わったロードムービー?
ヴィム・ベンダースといえば、本作までは『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』『パリ、テキサス』など、ロードムービーばかり撮っている監督でした。
しかし『ベルリン・天使の詩』は車に乗って移動するこれまでのロードムービーではありません。
では、ロードムービーではなく、これまでの作品とは全く違うのかというと、そうでもない。
ヴィム・ベンダース自身が、「これは、上からの下に移動するロードムービーだ」と言っているんです。
天使が人間の世界に触れ、憧れ、人間になるに至るまでの過程を描いた旅なのかもしれませんね。
白黒とカラー
本作はモノクロとカラーが入れ替わる、不思議な映像になっています。
モノクロシーンは、天使の目線。
カラーのシーンは人間が主観になっているシーンなんですね。
ピーター・フォークのドキュメンタリー?
さて、『カサブランカ』に似た映画を撮影中という役で出ていたピーター・フォーク。
本作は刑事コロンボで有名なピーター・フォークが、本人役として出演しています。
かなり重要な立ち位置で、彼の撮影風景とか、撮影待ちのシーンを映したりするんです。
ヴィム・ベンダースはこの後、ドキュメンタリー映画をいくつか撮り始めます。
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『東京画』『ベルリンのリュミエール』などなど。
『ベルリン・天使の詩』には、まともな台本のようなものがなかったそうなので、もしかするとこれはほとんどピーター・フォークのドキュメンタリーなのかも。
そんな風にも観えます。
そして、こういった流れの中に、『PERFECT DAYS』も存在します。
『PERFECT DAYS』との比較
最後に、『PERFECT DAYS』と『ベルリン・天使の詩』の比較をして終えたいと思います。
『ベルリン・天使の詩』 | 『PERFECT DAYS』 | |
脚本 | ビム・ベンダース ペーター・ハントケ | ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬 |
撮影 | アンリ・アルカン | フランツ・ルスティグ |
製作 | ビム・ベンダース アナトール・ドーマン | 柳井康治 |
音楽 | ユルゲン・クニーパー | マティアス・レンペルト |
受賞 | 第40回 カンヌ国際映画祭 | 第76回 カンヌ国際映画祭男優賞 第96回 アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート 第47回 日本アカデミー賞最優秀監督賞,最優秀主演男優賞 |
もう、全然違いますね。
『パリ、テキサス』からもガラリと変わっています。
脚本のペーター・ハントケは、『まわり道』『左利きの女』も担当しています。
撮影のアンリ・アルカンは『ことの次第』で一緒だっただけでなく、『ローマの休日』を撮影したという名カメラマン。
でも、『PERFECT DAYS』と『ベルリン・天使の詩』は結構繋がりがあるように思います。
『PERFECT DAYS』はもともと、TOTOとUNIQLOが手掛けた「TOKYO TOILET」のプロモーションビデオとして作られる予定でした。
まあ、リアルなトイレを映すドキュメンタリー映像といえるでしょう。
だんだん撮影が盛り上がって、いつのまにやら長編になったそうでなんですが、だからどことなくドキュメンタリーチックな作品になっているというわけですね。
『ベルリン・天使の詩』で、まるでピーター・フォークのドキュメンタリーかのように撮影し、後に多くのドキュメンタリー映画を手掛け、それらが『PERFECT DAYS』にも受け継がれていると。
感想
最後に、私自身の感想を。
本作はただのラブストーリーとして観るのは難しかったですね。ふくみがありすぎて。
『ベルリン・天使の詩』は大きく3つのフェーズに分かれるのかなと思います。
1 人間に恋した天使のラブストーリーとして観る
2 人間讃歌として観る
3 ベルリンへの強い想いを汲み取る
1で観れば楽です。ラブロマンスとしてもそれなりに楽しめるし、おじさん天使の可愛いさで充分だという鑑賞の仕方もあるかもしれません。
でも、天使の地位を捨ててでも、人間のように生きている実感を持ちながら生きたい。
家に帰った時に靴下を脱ぐときの気持ちよさや、大地に立っている感覚、重力、寒い日に飲むコーヒー、壁の絵の色彩、痛みや嫌悪があったとしても、人として生きていくことは素晴らしいのだ。
そして、人間として生きるのなら、覚悟を持たなければいけない。
平和と自由のために、闘わなければいけない。
当時のベルリンで人間らしく生きるために。その決断を。
台本がなく、ほとんどがペーター・ハントケの詩とベンヤミンの言葉だけでできた本作。
難解だけど、ボーっと観ることはできませんでした。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます!
正直、油断してました。まさかここまで強烈な思いのこもった作品だったとは。
他のベンダース作品の見方も変わってきそうだね!
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