前回の記事で、世界初のSF映画『月世界旅行』を丸パクリして大儲けしたエジソンのエピソードを紹介しました。
しかし、彼の本当の恐ろしさはここからです。他人のアイデアで市場の可能性を確信した天才発明家は、すぐさま自社でさらなる神映画を爆誕させ、映画界の勢力図を完全に塗り替えてしまいました。

「映画は金になる」と気づいたエジソン。彼のアクションはそのまま現代のシステムに繋がることになるのです。

詳しく解説していくよ~。まずはエジソンが手掛けた『大列車強盗』についてさらっと。
『大列車強盗』作品概要
- 公開年:1903年
- 監督:エドウィン・S・ポーター
- 脚本:エドウィン・S・ポーター(実在の強盗事件や舞台劇から着想)
- キャスト:ギルバート・M・アンダーソン、ジュスタス・D・バーンズ
- あらすじ: 4人組の悪辣な強盗団が鉄道駅を襲撃し、電信係を縛り上げて列車に乗り込みます。走行中の列車内で乗客の財産を奪い、郵便車両の金庫を爆破した強盗団は、まんまと逃走を図ります。縛り上げられていた電信係が娘に救出され、事態を知った保安官たちが結成され、馬にまたがり猛追跡を開始。荒野を舞台に、容赦のない銃撃戦と追跡劇が幕を開けます。
解説
そもそも何の会社?エジソンが映画を作っていた本当の理由
エジソンの会社(エジソン製造会社)は、映画会社ではなく、蓄音機や白熱電球などを製造・販売する巨大な総合電機メーカーでした。 そんな彼がなぜ映画を作っていたのか。目的は映画という芸術ではなく、自社が開発した映画カメラや上映機というハードウェアを爆売りするためです。現代でいうと、PlayStationの本体を売るためにソニー自らがゲームソフトを開発するのと同じビジネスモデルでした。 そんな電機メーカーが、メリエスのヒットを見て「ストーリーのある映画こそが、自社の機械を売るための最強のキラーコンテンツになる」と確信し、放った渾身の刺客が本作でした。
パクったノウハウで即制作!エジソン社が放ったスピード感
メリエスの『月世界旅行』を勝手に複製して市場のポテンシャルを掴んだエジソン社は、すぐに自社に雇っていた優秀な撮影技師エドウィン・S・ポーターを監督に据え、本格的な物語映画の制作に乗り出しました。 他人のヒット作のノウハウと資金を元手に、わずか1年後の1903年に完成させたのが、この『大列車強盗』です。この驚異的なスピード感は、現代のシリコンバレーの巨大IT企業をも彷彿とさせます。

彼が後世にまで名を残したのは、このあたりも理由でしょうね。
画面に映る「TRADE MARK」と「COPYRIGHT」に隠されたエゲつない執念
今でもYouTubeなどで本作を観ると、タイトル画面の左上に「TRADE Thomas A. Edison MARK」、右上に「COPYRIGHT 1903」という文字がデカデカと表示されます。実はこれこそが、エジソンの恐るべきビジネス脳の証拠です。 前年にメリエスの映画をノーガードで丸パクリして大儲けしたエジソンは、同時にこう恐怖しました。「次は俺の映画が誰かに丸パクリされるのでは?」と。 そこで彼は、この『大列車強盗』を公開するにあたり、アメリカの著作権局に猛烈にプッシュし、商標(トレードマーク)と著作権(コピーライト)の両方でガチガチに防衛策を取りました。「人のお宝は奪うけれど、自分のお宝は絶対に渡さない」という、エジソンのえげつない執念がこのオープニング画面に刻まれているのです。
映画そのものより「集金システム」を作れ!5セント映画館の爆誕
エジソンがこの映画をヒットさせるにあたり、最も頭を悩ませたのは「どうやって効率よく大衆からお金を巻き上げるか」でした。 そこでエジソン周辺のビジネスマンたちが発明したのが、5セント(ニッケル硬貨1枚)払えばいつでも短編映画が観られる常設の専用小屋、通称ニッケルオデオンというビジネスモデルです。 安価で誰でもふらっと入れて、15分程度の短い映画を次々にループ上映する。この映画館という集金システムそのものを映画と一緒に全国へ普及させたことで、エジソンは全国の労働者から効率よく巨万の富を集めることに成功しました。

これが「映画館」の始まりだったのかな?
規格と特許で映画界を支配した、エジソン流「ものづくり」の執念
メリエスがスタジオに閉じこもってSFやファンタジーを撮っていたのに対し、エジソン社は本物の蒸気機関車を使い、本物の山や川でロケ撮影を行いました。 これを行うには、屋外の過酷な環境でもブレず、光が漏れずに安定して高速でフィルムを回せるタフな撮影機材が必要でした。 エジソンは、映画に関するあらゆる細かいパーツの特許を自分でガチガチに固めていました。外に持ち出せる頑丈なカメラや、世界共通となるフィルムの形(パーフォレーションと呼ばれる穴の規格など)を工業製品として完成させていたからこそ、臨場感のある屋外撮影が可能になり、他社の追随を許さない独占状態を作り上げたのです。
強欲が生んだ皮肉。現代の聖地「ハリウッド」の誕生へ
映画の可能性にすべてを賭けたクリエイターのメリエスに対し、エジソンはそれを大量生産して効率よく世界中から集金するシステムと規格を発明して対抗しました。結果としてエジソン社は大富豪になり、映画は一気に大衆娯楽の王様へと上り詰めます。
しかし、このエジソンの独占欲が、映画の歴史にとんでもない皮肉をもたらすことになります。 このヒット後、エジソンは映画に関するあらゆる特許を使い、「映画を作るのも上映するのも、すべて俺に金を払え」という強力な独占組織を作って映画界を支配しようとしたのです。
これに激怒し、エジソンの厳しい監視や取り立てから逃れようとした独立系の映画監督たちは、ニューヨークなどの東海岸から、アメリカで一番遠い西海岸の田舎町へと大逃亡を図りました。 何かあればすぐにメキシコ国境へ逃げ込める場所として選ばれたその逃亡先こそが、現在の映画の聖地「ハリウッド」です。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
エジソンが強欲にすべてを支配しようとした結果、皮肉にも現代へと続く映画の都が爆誕することになりました。

そして、映画館システムだね。

現在ではYouTubeなどで手軽に全編を無料視聴できるため、タイトル画面の左右を陣取るEdisonの商標とコピーライトの文字に注目しながら、のちのハリウッド誕生の引き金となった12分間の歴史的エンターテインメントを、ぜひその目で確かめてみてください。
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