顔の変形に悩む男が、最新の治療によって誰もが羨む美男子へと生まれ変わる。一見すると、よくある「人生逆転のサクセスストーリー」のように思えるかもしれません。
しかし本作は、そんな人間の淡い期待を容赦なく打ち砕き、ユーモアと皮肉を交えながら人間の本質を鋭く抉り出します。

今回は、ベルリン国際映画祭でも高い評価を得た異色のダークコメディ『顔を捨てた男』をご紹介します。

まずは作品概要からね!
作品概要
- 公開年:2024年(サンダンス映画祭、ベルリン国際映画祭にて上映)
- 監督:アーロン・シムバーグ
- 脚本:アーロン・シムバーグ
- キャスト:
- エドワード:セバスチャン・スタン
- オズワルド:アダム・ピアソン
- イングリッド:レナーテ・レインスヴェ
- あらすじ: 神経線維腫症による顔の変形を抱え、俳優として芽が出ない孤独な日々を送るエドワード。ある日、彼は劇的な効果をもたらす未承認の治験に参加することになります。治療は見事に成功し、彼は誰もが振り返るほどの端正な顔立ちを手に入れました。過去の自分を「死んだこと」にして、エドワードは「ガイ」という新たな名で輝かしい新生活をスタートさせます。しかし、かつての自分を題材にした舞台劇のオーディションに参加した際、自分と同じ疾患を持ちながらも、圧倒的な自信と魅力に溢れた男オズワルドが現れたことで、ガイの運命は狂い始めていきます。
散りばめられたオマージュと文学的背景
本作には、映画ファンや文学ファンをニヤリとさせる演出が随所に散りばめられています。
まず印象的なのが、エドワードが治療を受ける過程で登場するバスタブのシーンです。
これは映画『ジェイコブズ・ラダー』への明確なオマージュとなっており、現実と虚構、あるいは狂気へと足を踏み入れていく主人公の精神状態を不穏に表現しています。

また、作中で流れる音楽には、デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』を明らかに意識したBGMが使用されており、容姿に苦悩する人間の悲哀を上品に引き立てています。
さらに物語の構造は、ドストエフスキーの小説『ドッペルゲンガー(二重人格)』を彷彿とさせます。外見が変わっても内面のコンプレックスを克服できない主人公の前に、かつての自分と同じ容姿でありながら、自分が理想としていた「内面の強さ」を持つ他者が現れるという展開は、まさに自己のドッペルゲンガーに追い詰められていく人間の恐怖そのものです。
劇中で繰り返される「視線」が意味するもの
本作を観ていると、レストランやパブで女性と目が合うシーンや、大道芸人を見つめるシーンなど、主人公が誰かと視線を交わす、あるいは「人の目を気にする」ような描写が何度も繰り返されることに気づきます。これにはどのような意図があるのでしょうか。
この一連のシーンは、エドワード(ガイ)の「内面の呪縛」を視覚的に表現したものです。エドワードは顔が変わる前、周囲からの「憐れみ」や「好奇」の視線に怯えて生きていました。しかし、美男子のガイに生まれ変わってからも、彼は相変わらず周囲の視線を気にし続けます。 レストランやパブでの視線は、実際には彼の美貌に対する「好意」や「関心」の目であるはずです。しかし、心と言うのはそう簡単に変わらない。彼の心は未だに「醜かった頃の自分」に囚われているため、それらの視線を「品定めされている」「化けの皮が剥がれるのではないか」という脅威として受け取ってしまいます。あるいは、見た目がどう変わろうと、人の視線なんてものはあるって、それをどう捉えるかは自分次第であるというところでしょうか。
つまり、これらのシーンは「外見がどれほど変わろうとも、本人の内面(自己認識)が変わらなければ、世界はかつての地獄のままである」という、本作の核心的なテーマを物語っているのです。
感想
本作を観て思ったのは、「さすがにエドワード可哀想すぎやしないか?」ということです。
あの状態において容姿を代えるチャンスがあるならそこは乗っかると思うし、変わってからの生活もそこまで調子こいてなかったし。
アダム・ピアソン演じるオズワルドの演技はいいと思いましたが、私はあのキャラクターちょっと苦手でした笑
「ちょっと内向的過ぎない?」と間接的にエドワードは言われるわけですが、彼はあまりに外向的過ぎる。そうじゃない人もいるんだけどな~。と思うし、別に内向的でもいいじゃないとも思う。
とはいえ、アダム・ピアソンがほぼ地で演じているらしいので、「人は見た目ではない」という教えを説く上では究極の作品かもしれませんね。やはり『エレファントマン』と近しいというか。
それでも言いたい、エドワード可哀想すぎやしないか?美しくあろうとすることは、罪じゃないでしょう。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
映画『顔を捨てた男』は、遺伝子疾患という重いテーマを扱いながらも、セバスチャン・スタンがベルリン国際映画祭で銀熊賞(主演俳優賞)を受賞した見事な演技力と、アダム・ピアソンの唯一無二の存在感によって、一級のブラックユーモア作品に仕上がっています。

劇中に仕掛けられた数々のオマージュや、主人公の心理を映し出す「視線」の演出に注目すると、より一層深みが増す一作です。外見と内面のアイデンティティの乖離を、ぜひ劇中で見届けてみてください。

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