『シックス・メン・ゲッティング・シック』1分間のアートワーク。青き頃にカルトの帝王が描いた「ゲロを吐く彫刻」の衝動

映画

前回ご紹介した前衛短編映画『アルファベット』(1968年)。映画監督としてのキャリアを歩み出した若き日のリンチが、その過渡期に放った怪作ですが、実は彼が「映像」というメディアに初めて触れた最初の足跡は、その前年に残されていました。

それが、1967年に制作された『シックス・メン・ゲッティング・シック(原題:Six Men Getting Sick (Six Times))』です。

上映時間は、わずか1分間。

これを純粋な「映画」や「映像作品」と捉えていいものなのかは、少し悩むところです。むしろ、1つの美術展示の記録映像のようにも見える本作。

bitotabi
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今回は、後に巨匠となる若き「画家」が、映画へと傾倒していく直前の、境界線上にある奇妙なアートピースをご紹介します。

ダニー
ダニー

タイトルからは嫌な予感がするね。

作品概要

  • 公開年:1967年
  • 監督・脚本:デヴィッド・リンチ
  • キャスト:なし(彫刻およびアニメーション)
  • あらすじ:画面に並ぶ、歪んだ6人の男たちの顔。彼らの身体の内部で不穏な何かが湧き上がり、やがて全員が激しく嘔吐(ゲロ)を始めます。その凄惨で生理的なプロセスが、耳を劈くようなサイレンの音とともに1分間ループし続けます。

映画か、それとも美術の記録か:境界線上の「動く絵画」

本作を観たときに覚える「これは映画なのだろうか?」という違和感は、極めて正しい反応です。

当時、フィラデルフィアの美術学校で絵画に没頭していたリンチは、ある日、自分が描いた暗い絵を見つめているときに「絵が動き、そこから音が聴こえてくる」という強烈なビジョンを抱き、美術学校の実験的なコンテストに出品するために本作を制作しました。

これは映画館のスクリーンに投影されるものではなく、大きなボードに作られた彫刻に向かってアニメーションをループ投影し続けるという、現代でいう「インスタレーション(空間芸術)作品」そのものでした。私たちが今目撃できる1分間の映像は、その立体アートが駆動している様子を捉えた、いわば「作品の記録映像」という側面が強いものです。映画監督としての第一歩というよりも、画家としての表現を拡張する過渡期の実験室として捉えるのが、本作の最も面白い見方かもしれません。



彫刻とアニメーションの融合という狂気

映像作品としての定義は曖昧でありながらも、その制作プロセスに込められた熱量は常軌を逸しています。

リンチはまず、スクリーンとなる大きなボードの上に、3D(立体的)に浮き出るように男たちの顔の「彫刻(レリーフ)」を作り上げました。高度なプロジェクションマッピングのように、その彫刻で作られた男たちの顔に向かって、自分が手描きしたアニメーションの映像を正確に重ね合わせて投影したのです。

立体的な彫刻と、平面的に動くアニメーションの融合。生々しい人間の肉体性を感じさせる立体物に、蠢く液体のようなアニメーションが重なることで、観客は強烈な視覚的違和感を植え付けられます。この手法は、まさに『アルファベット』の実写とアニメの融合へとダイレクトに進化していくことになります。

剥き出しの「俺のセンスどうよ?!」とモデルの真実

本作を観て誰もが感じるのは、「非常に奇妙で、いかにも美大生らしい青臭いエネルギーに満ちている」という点です。周囲の学生や教授たちをあっと言わせたいという自負が画面全体から横溢していますが、同時にここには、後年のリンチ映画に共通する絶対的な記名性(らしさ)が宿っています。

実は、画面の中でゲロを吐き続けている男たちの立体レリーフ、これらはすべて21歳当時のデヴィッド・リンチ自身の顔から直接型を取ったマスクなのです。

自分の顔をキャンバスに貼り付け、そこに自分が描いた不気味なグラフィックを重ね合わせる。この「モデルは自分自身」という事実を知ると、本作が他者の介在しない、純度100%の「リンチの脳内そのもの」であることがよく分かります。

内面から溢れ出す物質性のホラーと、サイレンの拒絶

本作のテーマは、タイトル通り「6人の男が病気になり、嘔吐する」という、極めて生理的でグロテスクなものです。

なぜリンチは、この最初の試みに「嘔吐」を選んだのでしょうか。そこには、彼がキャリアを通じて描き続ける「人間の皮膚の下にあるドロドロとした物質性(中身)」への執着があります。

理性や社会性(外見)を取り繕っていても、人間の肉体の内側には制御不能な体液や、ドロドロとした本能(内面)が渦巻いている。それが耐えきれずに体外へと溢れ出す瞬間=嘔吐として表現されているのです。

耳を劈くサイレンの音だけが冷徹にループするストイックな音響のなかで、ひたすら繰り返される毒素の排出。この「内側から何かが分泌され、溢れ出して止まらない」というモチーフは、後の『アルファベット』の液体を吐き散らす少女や、『イレイザーヘッド』の分泌する不気味な赤ん坊へと、1ミリのブレもなく地続きで繋がっています。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

今回は、デヴィッド・リンチが映画の世界に足を踏み入れる直前の境界線上のアート『シックス・メン・ゲッティング・シック』をご紹介しました。

「俺のセンスを見ろ!」という若き美大生時代の初期衝動が、自分の顔から取ったレリーフとサイレンの音だけで表現された、美術と映画の狭間にある怪作です。

bitotabi
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わずか1分間の記録映像の中に、その後のリンチ映画の遺伝子が詰まっています。

ダニー
ダニー

ぜひ前回の『アルファベット』と合わせて、天才の脳内が覚醒した瞬間を体験してみてね。

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