今回は、小野不由美さんの『営繕かるかや怪異譚』を読んだ感想を綴ります。
小野不由美さんの代表作といえば、やはり映画化もされた『残穢』を思い浮かべる方も多いでしょう。あちらもまた、住居や土地に積み重なった「穢れ」を執念深く辿っていく物語でした。
『残穢』で描かれた、一度触れたら逃れられないような呪いの連鎖。その根底にある、土地の歴史や建築構造に対する徹底した考証の面白さは、本作『営繕かるかや怪異譚』でもいかんなく発揮されています。
むしろ、本作を読んだことで、小野さんが描く「怪異の理屈」に対する納得感がさらに増したように感じます。
本作は、古い城下町を舞台に、家に居着いた「怪異」と向き合う短編集です。

いわゆる「除霊」や「お祓い」とは一線を画す、独自の視点が非常に新鮮で興味深い一冊でした。
住宅と怪異の深い関係
本作を読んでいて最も引き込まれたのは、怪異の発生源となる住居や土地に関する知識です。物語の中で語られる、知っていそうで知らなかった背景には思わず唸らされました。
- 「路殺(ろさつ)」の恐怖 道が家に突き当たる構造が、いかに「魔」を呼び込みやすいかという視点。
- 汽水の井戸に沈殿するもの 海水が混じる井戸は、無数の死を飲み込んできた海と繋がっている。ゆえに、生きていないものが混じる可能性があるというロジック。
こうした「家」という物理的な空間に宿る因縁の描き方が、物語のリアリティをいっそう際立たせています。

アカデミックで楽しい部分でもあります。
霊能者ではなく「大工」が対峙する
怪異に悩まされる依頼者たちが最後に頼るのは、高名な霊能者でも僧侶でもありません。営繕屋を営む青年、尾端です。
彼のスタンスは非常に独特です。怪異を完全に排除したり、消し去ったりしようとはしません。あくまで大工として、建物の構造を少し変える、あるいは修繕することで、怪異との「折り合い」をつけさせます。
この「排除しないアプローチ」が、読後に温かな余韻を残すと同時に、すぐ隣にまだ何かがいるような、ほんのりとした不気味さを共存させているのが本作の大きな魅力です。
「家」は本来、自分を守ってくれる場所
物語の中で、特に心に残ったセリフがあります。
「家に問題があると堪えます。家は本来、自分を守って包みこんでくれる場所ですから」
この言葉に、尾端の仕事のすべてが詰まっていると感じました。 私たちは日々、外の世界で戦っています。だからこそ、帰る場所である家が脅かされることは、心身を深く削られることでもあります。尾端が直しているのは建物の不具合だけでなく、そこに住む人の安らぎそのものなのだと感じさせられました。
今日の本学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『残穢』が逃げ場のない恐怖を突き詰めた作品だとするならば、この『営繕かるかや怪異譚』は、その恐怖の正体を「家の仕組み」から解き明かし、日常の延長線上でどう向き合うかを提示してくれた作品です。
小野不由美さんの作品に一貫している、土地や家屋に対する深い洞察。 それは恐怖を煽るための道具立てではなく、私たちが住む場所の成り立ちにまで想像力を広げてくれる、知的な刺激に満ちたものでした。
単に怖いだけではない、日本の伝統的な住まいへの敬意や、不可解なものとの共存の知恵が詰まった物語。自分の家をふと見つめ直したくなる、そんな不思議な読書体験をぜひ味わってみてください。

オムニバス形式というあたりも、映像化に合いそうだなと感じました。
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