スピルバーグの長編デビュー作『激突!』
映画館ではなく、テレビ映画として制作された本作ですが、その恐怖の演出はあまりにも巧みです。

今回の記事では、『激突!』について詳しく解説していきます。

まずは作品概要から!
作品概要
- 制作年: 1971年
- 監督: スティーブン・スピルバーグ
- 脚本: リチャード・マシスン(自身の短編小説「決闘」を基に執筆)
- 撮影: ジャック・A・マータ
- 代表作: 『ダーティハリー』(1971)、『ビバリーヒルズ・コップ2』(1987)など、骨太なアクションやサスペンス作品で知られる。
- 美術: フィリップ・M・ジェフリーズ
- 代表作: 『サイコ』(1960)、『鳥』(1963)など、ヒッチコック作品を多数手がけ、サスペンスフルな空間設計に貢献。
- キャスト:
- デニス・ウィーバー(デイビッド・マン役)
- ケイリー・ロフリン(妻役、声のみ)
- ルー・フリッゼル(トラック運転手役、顔はほとんど映らない)
- あらすじ: セールスマンのデイビッド・マンは、カリフォルニアの砂漠地帯を車で走行中、巨大なタンクローリーを追い抜く。しかし、それを機に執拗なまでに追跡されることになる。理由もわからぬまま、死の恐怖に晒されるデイビッドは、孤独な戦いを強いられる。
テレビ映画の金字塔、そしてスピルバーグの映画監督デビュー
『激突!』は、当初ABCのテレビムービー・オブ・ザ・ウィークとして製作されました。しかし、その驚異的な完成度の高さから劇場公開もされ、スティーブン・スピルバーグにとって初の長編映画監督作品ながら、世界中で高い評価を得ました。テレビ映画という枠を超えたそのクオリティは、スピルバーグの才能が早くから開花していたことを示唆しています。限られた予算と時間の中で、これほどの緊迫感と独創性を生み出したことは驚異的であり、彼のキャリアの出発点として、まさに名作と呼ぶにふさわしいでしょう。
斬新な心の声の演出
主人公デイビッド・マンの心の声を効果的に使用した演出は、観客に彼の内面の葛藤や恐怖をダイレクトに伝える斬新な手法でした。言葉少なげな展開の中で、彼の焦燥感や絶望感が、モノローグによって鮮やかに浮かび上がります。この手法は、観客をデイビッドの視点に引き込み、一体感を高めることに大きく貢献しました。
この映画が心の声の演出の起源であると断言することは難しいですが、サスペンスフルな状況下における主人公の心理描写を、これほど効果的に活用した作品は当時としては珍しかったと言えるでしょう。スピルバーグは、視覚的な恐怖だけでなく、心理的な圧迫感を通して観客を追い詰める演出術を、この初期の作品ですでに確立していたのです。
スピルバーグのトラウマと映画
スティーブン・スピルバーグは、自身の体験やトラウマを映画のモチーフにすることが多いと言われています。『激突!』においても、彼自身の運転中の恐怖体験がインスピレーションの源になったという逸話があります。高速道路で大型トラックに追いかけられた経験が、この映画の根底にある恐怖感をリアルに表現する土台となったのでしょう。
彼の作品には、幼少期の孤独感や両親の離婚などが反映されていることも指摘されています。見えない敵からの脅威を描いた『激突!』は、理由のわからない不安や、逃れられない状況への恐怖といった、普遍的なトラウマに通じるテーマを内包していると言えるかもしれません。スピルバーグにとって、映画作りは自身の内面と向き合い、それを昇華させるための手段の一つなのです。

このあたりは『E.T.』の解説でより詳しくお伝えしていますのでぜひお読みください。
バスとカフェのシーンの深層
映画に登場するバスのシーンやカフェのシーンは、単なる休憩や状況説明以上の意味合いを持っています。
- バスのシーン: デイビッドがスクールバスを追い越す際、子供たちの無邪気な笑顔と、対照的に迫り来るトラックの不気味さが際立ちます。これは、デイビッドが守るべき日常と、突如として現れた脅威とのコントラストを強調し、彼の置かれた状況の異常さを際立たせていると考えられます。また、子供たちという無力な存在を危険に晒すトラックの非道さを暗示しているとも言えるでしょう。
- カフェのシーン: カフェでデイビッドは、他の客の中にトラックの運転手がいるのではないかと疑心暗鬼になります。このシーンは、見えない敵に対する彼の極度の paranoia(パラノイア、偏執病) を表現しています。誰が敵なのかわからないという状況は、観客にも不安感を与え、物語のサスペンスを高める効果があります。また、日常的な空間が恐怖の舞台と化すことで、得体の知れない恐怖がより身近に感じられるようになります。
これらのシーンは、直接的なアクションシーンではないものの、デイビッドの心理状態の変化や、物語のテーマを深く掘り下げる上で重要な役割を果たしていると言えるでしょう。
息を呑む運転シーンの撮影
『激突!』の大きな魅力の一つは、迫力満点の運転シーンです。狭い山道でのカーチェイスや、砂漠地帯での猛追劇は、観る者の心臓を掴んで離しません。これらのシーンの撮影は、当時の技術としては非常に困難なものでしたが、スピルバーグは創意工夫によって見事に実現しています。

一般的に、走行中の車の内部を撮影する際には、トーイングと呼ばれる、カメラを設置した別の車両で牽引する方法や、CG合成などが用いられます。しかし、『激突!』の製作当時はCG技術は存在せず、予算も限られていたため、実車を使った撮影が中心に行われました。カメラを車体に取り付けたり、助手席や後部座席から撮影したりすることで、臨場感あふれる映像を作り出しています。
特に、デイビッドの顔のアップと、フロントガラス越しに見えるトラックの映像を交互に映すことで、彼の恐怖や焦燥感をダイレクトに伝えています。合成に頼らない、生々しい映像こそが、『激突!』の持つリアリティと緊迫感を生み出していると言えるでしょう。
トラック落下シーンの真相
映画のクライマックス、崖からトラックが落下するシーンは、観る者に強烈な印象を与えます。このシーンについては、本物のトラックが実際に崖から落とされたと言われています。もちろん、安全面には最大限の配慮が払われ、無人のトラックが使用されました。
このシーンの迫力は、ミニチュアやCGでは決して味わえないものであり、スピルバーグのリアリズムへのこだわりを感じさせます。巨大な質量を持つトラックが、轟音と共に崩れ落ちる映像は、デイビッドを苦しめ続けた悪夢のような存在の終焉を象徴しており、観客に強烈なカタルシスをもたらします。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『激突!』は、スティーブン・スピルバーグの才能が早くから開花していたことを示す、映画史に残る傑作です。
斬新な演出、観る者の心理を揺さぶるサスペンス、そして迫力満点の映像は、今なお多くの映画ファンを魅了し続けています。

煽り運転って、今でも話題になるもんね…。恐いよ。

テレビ映画という枠を超え、映画史にその名を刻んだ『激突!』は、スピルバーグの原点を知る上で、そしてサスペンス映画の魅力を再認識する上で、決して見逃せない一本と言えるでしょう。
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