「怖がってください とてもとても怖がってください」のキャッチコピーでお馴染み、クローネンバーグの代表作『ザ・フライ』を初めて鑑賞しました。

どう?怖かった?

怖さよりも、特殊効果の見事さと、ラストの深さに感動したよ。
今回の記事では、ホラー映画でありつつアカデミー賞を受賞した『ザ・フライ』の魅力を語っていきます。
変容の衝撃:映画『ザ・フライ』概要
1986年に公開された『ザ・フライ』は、1958年の映画『ハエ男の恐怖』のリメイク作品であり、鬼才デイヴィッド・クローネンバーグが放つSFホラーの金字塔です。脚本はチャールズ・エドワード・ポーグとクローネンバーグ自身が手がけ、ジョルジュ・ランジュランの短編「蠅」を鮮烈に映像化しました。
あらすじ: 天才科学者セス・ブランドルは、物質の原子転送装置テレポッドの開発に情熱を注ぐ。彼の革新的な研究に惹かれたジャーナリスト、ヴェロニカ・クエイフは、取材を通してセスと深く愛し合うようになる。実験はついに人間転送の段階へ進むが、セスの些細な嫉妬が悲劇を生む。自身を被験体とした転送実験中、一匹のハエがテレポッドに混入。セスの遺伝子はハエと融合し、想像を絶するハエ人間への変貌が始まる。愛するヴェロニカは変わりゆくセスを支えようとするが、彼の肉体と精神は不可逆的な変化を遂げていく。
興行収入は全世界で約4050万ドル、製作費は約900万ドル。ジェフ・ゴールドブラムが主人公セスを、ジーナ・デイヴィスがヴェロニカを演じ、観る者の心を深く掴みました。
興行的成功と批評的評価:クローネンバーグ作品における特異点
『ザ・フライ』は、クローネンバーグ監督の作品群の中でも、興行収入と批評家の評価の両面で大きな成功を収めた特筆すべき作品です。第59回アカデミー賞では、その革新的な特殊メイクがメイクアップ賞を受賞。商業的な成功と権威ある賞の獲得は、『ザ・フライ』が単なるホラー映画を超えた、映画史に残る作品であることを示しています。しかし、クローネンバーグの多岐にわたる作品群を考慮すると、「一番のヒット」と断言することは難しいかもしれません。『スキャナーズ』や『ビデオドローム』、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』なども、それぞれの形で高い評価を得ています。
魂を吹き込む名演:ジェフ・ゴールドブラムとジーナ・デイヴィス、そして監督のサプライズ
主人公セス・ブランドルを演じたジェフ・ゴールドブラムと、ヴェロニカ・クエイフ役のジーナ・デイヴィスのキャスティングは、『ザ・フライ』の成功において非常に重要な要素でした。
ジェフ・ゴールドブラムは、本作以前にも『アニー・ホール』(1977年)などで存在感を示していましたが、『ザ・フライ』での主演は、彼のキャリアにおける大きな転換点となりました。変貌していく科学者を繊細かつ時に狂気を孕んだ演技で見事に表現しきり、批評家から絶賛を浴び、主演俳優としての地位を確立。『ジュラシック・パーク』(1993年)や『インデペンデンス・デイ』(1996年)といった大作映画でも活躍する、個性派俳優として広く認知されるようになりました。
一方、ジーナ・デイヴィスも、『ザ・フライ』以前から注目されていましたが、本作でのヴェロニカ役は重要なターニングポイントに。知的で自立した女性でありながら、愛する人の変貌に苦悩する姿を力強く演じきり、高い評価を得ました。その後、『テルマ&ルイーズ』(1991年)でアカデミー主演女優賞にノミネートされるなど、トップ女優への階段を駆け上がっていきました。

テルマ&ルイーズの演技は絶品です!
また、ジェフ・ゴールドブラムとジーナ・デイヴィスは、この映画での共演がきっかけで1987年に結婚しましたが、1990年に離婚しています。 映画の中での強烈な関係性が、現実世界にも影響を与えたという点で、興味深いエピソードと言えるでしょう。
そして、クローネンバーグ監督自身も、映画の終盤に産婦人科医として一瞬カメオ出演しており、ファンにとっては見逃せないサプライズとなっています。
視覚的な悪夢:息を呑む「ねっちょり」特殊メイク – クリス・ウェイラスの功績
『ザ・フライ』の視覚的なインパクトの中核を担うのが、クリス・ウェイラスによるアカデミー賞受賞の特殊メイクです。彼は、80年代を代表する特殊メイクアップアーティストの一人であり、クローネンバーグ監督の『スキャナーズ』(1981年)でもその才能を発揮しました。また、ジョー・ダンテ監督の『グレムリン』(1984年)では、モグワイからグレムリンへの変貌を印象的に造形。
彼の特殊メイクの特徴は、生物学的なリアリティに基づいたグロテスクな表現にあり、『ザ・フライ』ではセスの変貌を段階的かつ有機的に描き出しました。特に、人間の皮膚が剥がれたように見える気味悪い状態は、高度な特殊メイクアップに加え、アニマトロニクスの技術を駆使して表現されました。 アニマトロニクスによって複雑な形状の変形や動きがリアルに描写され、その表面の質感や細部は特殊メイクアップアーティストたちの手作業によって作り込まれたのです。この技術の融合が、独特の「ねっちょり」とした質感を生み出し、観客に強烈な印象を与えます。

その他の特殊効果:壁や天井に張り付く異様な姿
『ザ・フライ』では、変貌したセス・ブランドルが、人間離れした能力を発揮し、壁や天井に張り付く異様なシーンが描かれています。これらのシーンは、当時の高度な特殊効果技術によって実現されました。
- ワイヤーワークと特殊なハーネス: ジェフ・ゴールドブラム自身が演じる際には、特殊なハーネスを装着し、細いワイヤーで吊り上げることで、重力に逆らって壁や天井に「張り付く」ような体勢を維持しました。ワイヤーは、撮影後に目立たないように処理されました。
- アニマトロニクス模型: セスの最終形態のような、より複雑な形状と動きが求められる場面では、アニマトロニクス模型が使用され、ワイヤーワークと組み合わせることで、壁や天井に張り付いているように見せました。
- カメラアングルとセット: カメラのアングルを工夫することで、セスが垂直な壁面や天井にしっかりと密着しているような視覚効果を生み出しました。また、実験室のセットも、セスの異質な動きを際立たせるように設計されています。
- 合成技術: マットペインティングなどの合成技術も用いられ、背景とセスの映像を組み合わせることで、より自然な形で壁や天井に張り付いているように見せる工夫が凝らされました。
これらの技術を組み合わせることで、観客は、変貌したセスの異質な能力を視覚的に強く印象づけられたのです。
多層的な恐怖:未知、変容、そして禁断の愛
『ザ・フライ』が観る者の心を深く掴むのは、単なるスプラッター描写に留まらない、多層的な恐怖の描き方にあります。未知の科学技術への不安、自己の身体が変容していく恐怖、そして人間ではないものとの間に生まれる禁断の愛の恐怖。これらの要素が複雑に絡み合い、観る者の感情を深く揺さぶります。
特に、ヴェロニカが見る悪夢の出産シーンは、ハエ人間(セス)の子供を産むという過激な内容から、一部のVHS版やテレビ放送版ではカットされたとされています。 この悪夢は、ヴェロニカの抱える恐怖や不安を象徴的に表現しており、未知の生命に対する生理的な嫌悪感と、自身の身体に起こりうる異変への心理的な恐怖が極限まで高められています。
神への挑戦:禁忌を犯す代償
本作は、「禁忌」という普遍的なテーマを深く掘り下げています。人間が生命の根源に触れ、神の領域に足を踏み入れようとすることの危険性。テレポートという技術は、まさにその象徴であり、セスの悲劇は科学の進歩における倫理的な問題を提起します。
映画が公開された1986年は、コンピューター業界において大きな転換期を迎えていました。8ビットパソコンから16ビットパソコンへの移行が加速し、ビジネス用途を中心に16ビットパソコンの出荷台数が急増していました。一方、ホビー用途では、シャープのX68000やソニーのHB-F1など、高性能で個性的な機種が登場し、新たな可能性を示唆していました。また、ゲーム業界では、ファミリーコンピューター用ソフト「ドラゴンクエスト」が発売され、社会現象となるほどのブームを巻き起こしており、テクノロジーの進化が人々の生活や文化に大きな影響を与え始めていた時代でした。 『ザ・フライ』でセスが使用していたデスクトップコンピューターは、具体的なメーカーは特定できないものの、当時の最新技術の象徴として描かれており、テレポートという革新的な実験を支える重要なツールとして登場します。
このように、急速に進歩する科学技術への期待と、それがもたらすかもしれない予期せぬ結果への潜在的な不安感が、禁忌を犯すことの危険性というテーマに深みを与えていると言えるでしょう。 自然の秩序を無視した行為は、必ず代償を伴うという、普遍的なメッセージが込められています。
ホラー映画の枠を超えて:科学と欲望、そして自己犠牲のラストシーン
多くのホラー映画が恐怖の余韻を残して終わるのに対し、『ザ・フライ』のラストシーンは、深い悲しみと同時に、主人公セスの人間としての尊厳が垣間見える感動的な場面です。彼は、科学への飽くなき探求心と、変異によって手に入れた強靭な肉体に一時は溺れてしまいますが、ラストでは、自らの欲望を抑え、愛するヴェロニカのために自己犠牲の道を選びます。どれほど醜く異形へと変貌しようとも、その内奥には人間としての尊厳が失われていなかったことが、彼の最後の行動を通して示唆されます。変わり果てた姿で、愛する人に自らの命を絶つことを懇願する彼の姿は、もはや単なる怪物ではなく、内面の葛藤に苦しみながらも、最後には人間性を取り戻した魂の叫びとして、観る者の心を強く揺さぶり、深い感動を与えます。
ホラー映画でありながら、観客の涙を誘うこのラストシーンこそが、本作を単なる恐怖映画ではない、深遠な人間ドラマとして昇華させていると言えるでしょう。

だから、私はこの映画、あまり気持ち悪さは感じなかったですね。『裸のランチ』のほうがきついカモ。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『ザ・フライ』について、作品の魅力をお伝えさせていただきました。

クローネンバーグ映画特有のアンタッチャブルなテーマとねっとりとした特殊メイクを堪能できる傑作です!

怖いけど、ラストは泣けるんだね!
X(旧Twitter)はこちら
https://twitter.com/bit0tabi
Instagramはこちら
https://www.instagram.com/bit0tabi/
Facebookはこちら
https://www.facebook.com/bit0tabi/
noteはこちら
https://note.com/bit0tabi
コメント