愛し合っていたはずの二人が、なぜこれほどまでに見知らぬ他人のように傷つけ合わなければならないのか。映画『マリッジ・ストーリー』は、離婚という「夫婦の別れ」のプロセスを、美化することなく徹底的に描き出した作品です。
この記事では、円満な解決を望んでいた二人が裁判のシステムに飲み込まれ、棘のある言葉で傷つき合う過程を追いつつ、ニューヨークとL・Aという二つの都市が象徴する生活の断絶、そして細かな衣装や劇中のカルチャーが示唆するものについて、私自身の感想を交えながら掘り下げていきます。
作品概要
- 監督・脚本: ノア・バームバック(代表作:『フランシス・ハ』『イカとクジラ』など)
- 出演: スカーレット・ヨハンソン、アダム・ドライバー、ローラ・ダーン、レイ・リオッタ、アラン・アルダ
- 製作国: アメリカ(2019年)
- 受賞歴: 第92回アカデミー賞 助演女優賞(ローラ・ダーン)受賞、作品賞ほか計6部門ノミネート
ニューヨークを拠点に活動する演出家のチャーリーと、看板俳優のニコール。二人は幼い息子を育てる仲睦まじい夫婦に見えましたが、心の奥底では修復不可能なズレが生じていました。 当初は円満な協議離婚を目指していた二人。しかし、ニコールがロサンゼルスに拠点を移し、腕利きの弁護士を雇ったことで事態は一変します。かつてのパートナーシップは、いつしか法廷という戦場での「勝ち負け」に置き換わり、二人のプライベートな思い出さえも、相手を攻撃するための武器として消費されていくことになります。
監督自身の「痛み」が投影されたリアリティ
なぜこれほどまでに、離婚というテーマがリアルに、そして痛切に描かれているのか。それは監督であるノア・バームバック自身の人生と深く関わっています。

かつて監督は、自身の両親の離婚を子供の視点から描いた『イカとクジラ』を発表していますが、本作『マリッジ・ストーリー』は、彼自身が経験した二度目の離婚、つまり「夫としての視点」が色濃く反映されています。ニューヨークとLAの間で繰り広げられた泥沼の親権争いや、弁護士を介した凄まじい交渉。彼自身の傷跡をあえて掘り起こし、映画へと昇華させたからこそ、この作品には観る者を沈黙させるほどの説得力が宿っているのです。

夫婦二人の役どころも象徴的ですよね。
視覚的なこだわりとキャストの熱演
本作を観て強く印象に残るのは、カメラの色味の美しさです。フィルムのような質感のある映像が、重いテーマの中にどこか現実味のある温かさを添えています。また、アダム・ドライバーが着こなすカジュアルながらも洗練された服の数々は、彼の都会的なキャラクターを非常に魅力的に引き立てていました。
そして何より、主演二人の圧倒的な熱演がこの物語を支えています。アダム・ドライバーの繊細な揺らぎはもちろん、スカーレット・ヨハンソンの存在感も実に見事でした。特にハロウィンのシーンで見せたデヴィッド・ボウイの仮装はいかしていましたし、役者としての彼女の格好良さが際立っていました。
脇を固めるローラ・ダーンとレイ・リオッタが演じる弁護士たちも、プロフェッショナルでありながら、時に非情なまでに夫婦の傷口を広げていく役割を完璧に演じきっています。
ニューヨークとLA、断絶のメタファー
二人の間に横たわる溝は、ニューヨークとロサンゼルスという対極的な二つの都市によって象徴されています。密集し、歩くことで成立するニューヨークの生活はチャーリーのアイデンティティであり、一方で車移動が前提の広大なロサンゼルスは、ニコールが自分を取り戻そうとする場所です。
この環境の違いは、そのまま「共に生きること」と「個として生きること」の対立を意味しているようです。この二つの街を往復するチャーリーの疲弊は、そのまま夫婦の修復不可能な距離感を表しているようでした。

別れの境界線:門を閉めるシーン
離婚映画の金字塔『クレイマー、クレイマー』が父子の絆に光を当てた物語だとするならば、本作は「夫婦という関係性の終焉」そのものにフォーカスしています。
それを象徴するのが、あの門を閉めるシーンです。

物理的に門が閉じられる瞬間、それは単なるおやすみの挨拶ではなく、二人がかつての「運命共同体」ではなくなったことを突きつける、決定的な別れ際のようでした。

個人的には閉まる直前に見つめ合う二人のこのシーンが本作で最も痺れるシーンでした。
離婚という作業のなかで見えるもの(感想)
記事中でも言及しましたが、離婚映画の金字塔といえば『クレイマー、クレイマー』が私は真っ先に思い浮かびます。また日本映画の『お引越し』もそうですね。どちらも子どもの演技が光り、子どもの心中を印象的に描いた作品でした。
しかし本作で描かれるのは主に夫婦の関係。冷え切ってるからこそ、対立したからこそ見えてくるお互いの本音。そして絆や愛情の存在。そういった目に見えないもの、言葉にし辛いものをあえて言語化する作業。それが奇しくも離婚調停である。人間関係というのは、なかなかに難しい。でもそこに希望や愛はある。そんなことを教えてくれる映画でしたし、随所に笑いや音楽的、ファッション的なセンスも魅せてくれるので、重くとらえ過ぎずに済む。いい映画です。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
夫婦が別れる時、特に裁判という形をとると、本心ではない棘のある言葉を投げ合い、金銭的にも精神的にも大きな痛みを伴います。
しかし、あえてラストの解釈を明確にしない本作を観終えて感じるのは、そうした過酷な過程を経なければ気づけなかった、相手への深い理解や自分自身の姿があるのではないかということです。泥沼の離婚劇の先に、皮肉にも相手の存在を再確認する。
そんな夫婦の終わりの複雑さを、深く噛み締めることができる一作です。

恋愛系映画が苦手な私ですが、本作はなかなか楽しみやすかったです。センスもキャストもピカピカ。

切ない気持ちになるよね。
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