「赦し」と「創造」の深淵へ―ギレルモ・デル・トロ版『フランケンシュタイン』

映画

待望久しいギレルモ・デル・トロ監督による『フランケンシュタイン』が、ついにその全貌を現しました。メアリー・シェリーが生み出した古典文学の金字塔を、デル・トロ監督がどのように再構築するのか、世界中のファンが息を飲んで見守っていたことでしょう。

本作は、ゴシックホラーや怪物譚というジャンルを超え、人間が抱える根源的な「愛の欠如」と、その歪みがもたらす「創造主の罪」を深く追求した、まさにデル・トロ美学の集大成とも言える作品です。

bitotabi
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創造主ヴィクターと、創造物である怪物の間に流れる屈折した魂の葛藤を軸に、本作の魅力と見どころを詳細にレビューしていきます。

ダニー
ダニー

作品概要はこんな感じだよ~。

【あらすじ】

スイスの富裕な家庭に育った科学者ヴィクター・フランケンシュタインは、幼い頃から抱える父への猜疑心や、自身への劣等感を打ち消すかのように、生命の根源に対する飽くなき探求を続けます。やがて、彼は死体を繋ぎ合わせ、科学の力によって新たな生命体「怪物」を創造するという、神の領域に踏み込む禁忌を犯します。

しかし、その醜い姿を前にヴィクターは恐怖し、創造物を放棄。言葉を持たぬまま世界に放り出された怪物は、人間社会の温かさと、彼に向けられる冷酷な拒絶の両方を経験します。己を創造したヴィクターへの複雑な感情を抱きながら、怪物は彼を追い求め、創造主と創造物の悲劇的な追跡劇が幕を開けるのです。

レビューと見どころ:屈折した魂の葛藤

本作が古典の再映画化の枠を超えているのは、ギレルモ・デル・トロ監督が掘り下げたヴィクター・フランケンシュタインという人間の「屈折」の深さにあります。

1. 創造主のトラウマ:屈折した人間性の起源

デル・トロ監督の作品の多くがそうであるように、本作の主題は「怪物の恐怖」ではなく、「人間性の歪み」です。ヴィクターの冷酷で傲慢な性格は、彼の少年時代に深く根ざしています。

  • 少年期の愛の欠如と父への猜疑心: 彼は、快活で愛らしい弟と比較され、自身の存在を証明したいという強迫観念に囚われます。また、厳格で愛情表現に乏しい父に対する猜疑心は、ヴィクターの行動原理を決定づけます。
  • 母と父それぞれとの関係性: 母からの愛、父からの期待。このアンバランスな愛情環境こそが、彼に「愛されること」ではなく「偉業を成し遂げること」で自己を確立させようという歪んだ欲望を植え付けました。生命の創造という禁忌は、父への反抗であると同時に、世界に対する「自分は愛されるに値する人間だ」という証明の試みだったのでしょう。

この主題は、監督の過去作『シェイプ・オブ・ウォーター』との重要な連続性を示しています。あちらでは、視覚にハンディキャップを持つ主人公イライザが、外見の醜さや社会の偏見に惑わされることなく、純粋な愛をもって「半魚人」と心を通わせました。同様に本作でも、怪物の魂と真にコミュニケーションを取れるのは、外見や社会的価値観といった「視覚的な情報」に支配されない、偏見から自由な人物であるという、デル・トロ監督が一貫して描く「異形への愛と赦し」のテーマが強く感じられます。

怪物を生み出しながらも、その醜悪さゆえに愛を与えられなかったヴィクターの姿は、「愛されなかった者」が「愛し方を知らない者」となる悲劇的な連鎖を象徴しています。デル・トロ監督は、ヴィクターの人間的葛藤を丁寧に描き出すことで、怪物が生まれる以前に、すでに「創造主」の魂が深く病んでいたことを示唆しているのです。



2. 異形の造形美とリアリズムの融合

ギレルモ・デル・トロ監督の真骨頂は、やはりその視覚的センスと、異形の存在に対する深い愛情にあります。

  • 怪物の造形: ジェイコブ・エロルディが演じた怪物は、古典的なイメージを踏襲しつつも、より有機的で、生々しい「継ぎ接ぎ」のリアルさを備えています。その造形は、恐怖と同時に、どこか哀愁と神聖さを感じさせる美しさを持ち合わせており、「異形のもの」に対するデル・トロ監督特有の敬意が込められています。
  • 実験の過程: そして、ヴィクターが行う生命創造の実験過程における死体や臓器のリアルさ、ゴシックな研究室のディテールは、流石デル・トロ作品と唸らせるものがあります。これは単にグロテスクさを追求するのではなく、「神の領域を侵す」という行為の重さと、そこにある生々しい科学的リアリティを観客に突きつけるための重要な要素となっています。科学とオカルト、美と醜が混然一体となった世界観は、観客を深く作品へ引き込みます。

3. 演技陣の功績:魂の叫びを体現したキャスト

本作のテーマの重さを支えているのは、気鋭の俳優陣の素晴らしい演技です。

  • ジェイコブ・エロルディ(怪物): 彼の怪物は、強靭な肉体と、生まれたばかりの魂が持つ純粋さを併せ持ちます。言葉を持たない初期の段階における、視線や動作だけで表現される孤独と、創造主への複雑な愛憎は圧巻の一言です。その存在感は、古典文学の怪物に新たな魂を吹き込んでいます。
  • クリスチャン・コンヴェリー(少年ヴィクター): 幼少期のヴィクターが抱える屈折や繊細なエゴイズムを、コンヴェリーは見事に演じ切っています。彼の無邪気さと、その裏に潜む陰りが、後の悲劇の説得力を高めています。
  • ミア・ゴス(エリザベス他): 彼女はもはや普通の女優ではなく、「性格俳優」と呼ぶべき存在感を放っています。繊細でありながら芯のあるエリザベス役を演じ、物語に深みを与えています。彼女の瞳の奥に宿る諦念と強さは、狂気に満ちた物語の中で、一種の「人間性の光」を灯しているかのようです。



4. 信仰と禁忌、そして運命的な暴力

本作は、生命の創造というテーマを、当時のヨーロッパ社会が持つ「信仰」という背景の下で描くことで、より深い意味を持たせています。

命を与えるのは神だけだというキリスト教的な考え方が一般的な場所と時代において、ヴィクターが新たに生命を生み出すという行為は、単なる科学的実験ではなく、社会と信仰に対する明確な「禁忌」であり、「冒涜」でした。この挑戦的な行為こそが、ヴィクターを孤独な創造主とし、怪物を世界から疎外された存在へと追いやる運命を決定づけたのです。

また、劇中で語られる以下のセリフは、怪物の悲劇的な運命を端的に示しています。

「人間も狼を憎んでないし、狼も羊を憎んでないが、両者の間に暴力が生まれ、ただ存在するだけで追われたり殺されたりする」

怪物は、誰かを積極的に憎んでいるわけでも、悪意を持っているわけでもありません。しかし、彼の「異形な存在」であるという事実そのものが、人間から「憎悪」や「恐怖」を引き出し、結果的に暴力と殺戮を生み出します。

過去の多くの映像化作品では、人々が集団で怪物を襲うシーンは描かれましたが、その根源的な理由をここまで明確に言語化したのは本作の大きな功績と言えるでしょう。自分たちと異なるが強い力を持つかもしれないものへの「脅威」、あるいは自分たちと似ているがどこか少し違うものへの「違和感」。この恐怖こそが攻撃のトリガーとなります。この怪物の悲劇は、国や宗教の違いから起きる戦争や、身体的な差異を持つ人々に対する差別的な視線など、現実世界のあらゆる排他的な暴力に対する鋭いメタファーとして機能しているのです。

このセリフは、怪物が受ける暴力が、憎しみではなく「存在すること」から発生する、極めて運命的でどうしようもない悲劇であることを示しており、観客の心に強く突き刺さります。

5. 赦しと愛の究極の表現:おでこへのキス

数ある名シーンの中でも、特に秀逸なのが、終盤近くに訪れる、怪物がヴィクターのおでこにキスをするシーンです。

長きにわたり、創造主を憎み、世界を呪い、時には破壊的行動に走った怪物が、ついに創造主と対峙した末に行うこの行為は、憎しみや復讐といった負の感情を超越した、究極の「赦し」の象徴として描かれています。

生みの親でありながら、愛をくれなかったヴィクターに対し、怪物は最後の瞬間に、彼に与えられなかった「愛」を自ら与えるのです。それは、父が子に与えるべきもの、創造主が創造物に与えるべきものであり、ヴィクターが少年時代に最も欲していた「無条件の愛」の形でもあります。この一瞬のカットに凝縮された、深い悲しみと、清算、そして赦しの美しさは、これまでの『フランケンシュタイン』の映像化作品の中でも、最も美しい瞬間のひとつと言えるでしょう。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

ギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』は、古典ホラーの枠を超え、人間の内面に潜む闇と光を深く探求した、哲学的かつ芸術的な傑作です。

愛の欠如がもたらす創造主の罪、そして異形の存在が求める無償の愛と赦し。

bitotabi
bitotabi

この映画は、観客に表面的な恐怖だけでなく、私たち自身の人間性について、深く問いかける力を秘めています。流石はデル・トロ監督といった感じですね。

ダニー
ダニー

ぜひ、この美しき禁忌の世界を体験してね~。

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