変貌の魔術師:ディック・スミスの衝撃メイク

映画

映画史に輝く特殊メイクの巨匠ディック・スミスの創造性と革新

映画という視覚芸術において、観客を物語の世界へと引き込み、キャラクターに深みを与える要素は多岐にわたります。

その中でも、俳優の容貌を劇的に変化させ、物語のリアリティやインパクトを増幅させる特殊メイクは、映画製作において欠かせない技術の一つです。

そして、この特殊メイクの分野において、比類なき才能と革新性で映画史にその名を刻んだ人物こそ、ディック・スミスです。

ディック・スミス(1922年 – 2014年)は、そのキャリアを通じて、数々の映画で観客の想像を超える特殊メイクを手がけました。単に見た目を変えるだけでなく、キャラクターの感情や物語のテーマを視覚的に表現する彼の技術は、多くの映画製作者や俳優から絶大な信頼を得ました。彼の功績は、特殊メイクを単なる技術から芸術の域へと高めたと言っても過言ではありません。

本稿では、そんなディック・スミスの華麗なる仕事の中から、特にその創造性と技術が際立った以下の5作品に焦点を当て、それぞれの作品概要、あらすじ、そして特筆すべき特殊メイクの詳細について掘り下げていきます。

  1. 『エクソシスト』(1973年)
  2. 『ゴッドファーザー』(1972年)
  3. 『スキャナーズ』(1981年)
  4. 『タクシードライバー』(1976年)
  5. 『永遠に美しく…』(1992年)

それでは、ディック・スミスの驚異的な仕事の数々を辿っていきましょう。

1. 『エクソシスト』(The Exorcist, 1973年)

  • 作品概要: ウィリアム・ピーター・ブラッティの同名小説を原作とした、ウィリアム・フリードキン監督によるホラー映画の金字塔。12歳の少女リーガンに憑依した悪魔と、エクソシストたちの壮絶な戦いを描きます。
  • あらすじ: 女優のクリス・マクニールの一人娘リーガンは、奇妙な言動や超常現象に見舞われるようになります。様々な検査を受けるも原因が特定できない中、クリスは藁にもすがる思いでカトリック教会のカラス神父に助けを求めます。リーガンが悪魔に憑依されていると確信したカラス神父は、経験豊富なメリン神父と共にエクソシズム(悪魔祓い)を執り行いますが、悪魔の強大な力に苦闘します。
  • 特殊メイクの詳細: ディック・スミスはこの作品で、憑依された少女リーガンの恐ろしい変貌に加え、マックス・フォン・シドー演じるメリン神父の老け顔メイクも担当しました。
    • リーガンの顔の変化: 緑色の嘔吐物、血管が浮き出た青白い肌、黄色く濁った目、そして何よりも恐ろしいのが、顔の形状が歪み、醜悪な表情へと変化していく様子です。これらの変化は、複雑なメイクアップとプロテーゼ(付けパーツ)を駆使して表現されました。
    • 回転する頭: リーガンの頭が180度回転するシーンは、特殊効果と精巧なダミーによって実現されましたが、そのリアルさは観客に強烈な衝撃を与えました。
    • 老人のような風貌: エクソシズムが進むにつれて、リーガンの顔は老人のように皺が深く刻まれ、より悪魔的な様相を呈していきます。このメイクアップは、リンダ・ブレアの顔に何層ものメイクとプロテーゼを施すことで作り上げられました。
    • メリン神父の老け顔メイク: 当時44歳だったマックス・フォン・シドーを、より老齢の神父に見せるために、ディック・スミスは緻密な老けメイクを施しました。深い皺、くぼんだ頬、そして白髪などが、彼の経験豊富で苦悩を抱えた神父像を際立たせました。 ディック・スミスの手によるリーガンの変貌とメリン神父の老けメイクは、作品のリアリティと深みを増す重要な要素となりました。

2. 『ゴッドファーザー』(The Godfather, 1972年)

  • 作品概要: マリオ・プーゾの同名小説をフランシス・フォード・コッポラが映画化した、マフィアの世界を描いた傑作。ファミリーの興亡を中心に、愛憎、裏切り、そして血塗られた抗争が描かれます。
  • あらすじ: ニューヨークを拠点とする巨大なマフィア、コルレオーネ・ファミリーのドン、ヴィトー・コルレオーネは、娘の結婚式で一族の絆を確かめ合います。しかし、麻薬ビジネスへの参入を巡る対立から、ファミリーは抗争に巻き込まれていきます。ドン・コルレオーネが襲撃され、長男ソニーが激昂する中、三男マイケルはファミリーを守るために立ち上がります。
  • 特殊メイクの詳細: この作品でディック・スミスが担当したのは、主にマーロン・ブランド演じるドン・ヴィトー・コルレオーネの老けメイクです。
    • 特徴的な頬と顎: 当時48歳だったマーロン・ブランドの顔に、詰め物やプロテーゼを施し、頬をふっくらとさせ、顎を突き出すことで、貫禄のある老いたドン(設定年齢:60代後半〜70代)を作り上げました。
    • しわの表現: 目元や額、首筋などに丁寧に皺を描き込み、老齢による肌の質感を表現しました。
    • 声の変化: 特殊メイクではありませんが、ブランドは役作りのためにマウスピースを装着し、独特のしゃがれた声を作り出しました。このマウスピースの製作にも、ディック・スミスが関わっています。
    • 血糊について: 『ゴッドファーザー』においては、直接的にディック・スミスが担当したと明確に記録されている大々的な血糊の特殊効果は見当たりません。ファミリー間の抗争や襲撃シーンはありますが、その描写は、後の彼の作品(『タクシードライバー』など)ほど強調されてはいません。ディック・スミスの主な貢献は、ドン・コルレオーネの老けメイクと、若き日のヴィトーを演じたロバート・デ・ニーロ(当時31歳、設定年齢:20代後半〜30代)のメイクアップでした。 ディック・スミスのメイクアップは、マーロン・ブランドのカリスマ性を損なうことなく、威厳と深みを増した老いたドン・コルレオーネの姿を、そしてロバート・デ・ニーロを若き日のヴィトーとして見事にスクリーンに描き出しました。



3. 『スキャナーズ』(Scanners, 1981年)

  • 作品概要: デヴィッド・クローネンバーグ監督によるSFホラー。テレパス能力を持つ“スキャナー”と呼ばれる人々が存在する近未来を舞台に、強大な力を持つスキャナー、レブ・ロックと、彼を阻止しようとするキャメロン・ベールとの戦いを描きます。
  • あらすじ: 世界には、他者の思考を読み取り、精神的な攻撃を加えることができる“スキャナー”と呼ばれる人々が存在します。秘密裏にスキャナーの研究を進めるコンセック社は、強力なスキャナーであるレブ・ロックの脅威に晒されます。コンセック社は、同じくスキャナーであるキャメロン・ベールに、ロックの阻止を依頼します。二人のスキャナーは、その能力を駆使して激しい戦いを繰り広げます。
  • 特殊メイクの詳細: この作品で最も強烈な印象を残すのは、ディック・スミスが手がけた頭部が破裂するシーンです。
    • 爆発する頭部: 劇中で、スキャナーの能力によって頭部が文字通り破裂するショッキングなシーンがあります。これは、精巧に作られたダミーの頭部に、血糊や内臓を模した素材を詰め込み、爆発させることで表現されました。
    • 血管の浮き上がり: スキャナーが能力を使う際に見られる、顔の血管が浮き上がる表現も、緻密なメイクアップによってリアルに描かれています。 頭部破裂の特殊効果は、その斬新さとグロテスクさで観客に大きな衝撃を与え、クローネンバーグ監督の独特な世界観を際立たせる要素となりました。

4. 『タクシードライバー』(Taxi Driver, 1976年)

  • 作品概要: マーティン・スコセッシ監督による、孤独と狂気を抱えるベトナム帰りのタクシー運転手、トラヴィス・ビックルの姿を描いた社会派ドラマ。ニューヨークの夜を舞台に、彼の内面の葛藤と暴力衝動が描かれます。
  • あらすじ: ベトナム戦争から帰還したトラヴィス・ビックルは、不眠症に悩まされ、ニューヨークの夜のタクシー運転手として働き始めます。退廃した都市の暗部に触れるうちに、彼は社会に対する不満と孤独感を募らせていきます。そんな中、彼は大統領候補の選挙事務所で働くベッツィに惹かれますが、彼女との関係はうまくいきません。次第にトラヴィスの精神は追い詰められ、彼は自らの手で社会を浄化しようと行動を起こします。
  • 特殊メイクの詳細: ディック・スミスがこの作品で担当したのは、主にロバート・デ・ニーロ演じるトラヴィス・ビックルの外見の変化と、クライマックスの銃撃戦における特殊効果です。
    • モヒカン刈り: 物語終盤、トラヴィスが暴力的な行動に出る前に見せるモヒカン刈りの頭は、特殊な**禿げかつら(plastic bald cap)**を使用して、地毛を剃らずに表現されました。これは、彼の内面の変化を視覚的に示す重要な要素となりました。
    • 銃撃戦の血糊: クライマックスの売春宿での銃撃戦における血糊の特殊効果は、非常にリアルで生々しいものでした。ディック・スミスは、当時の技術を駆使して、大量の血しぶきや出血を効果的に表現し、シーンの衝撃力を高めました。 直接的なクリーチャーメイクではありませんが、トラヴィスの精神状態の変化を捉えたヘアスタイルと、暴力を生々しく描いた血糊の表現は、ディック・スミスのリアリティへの追求を示すものです。



5. 『永遠に美しく…』(Death Becomes Her, 1992年)

  • 作品概要: ロバート・ゼメキス監督によるブラックコメディ。永遠の若さを手に入れた二人のライバル女性が、不死の薬を巡って繰り広げる騒動を描きます。
  • あらすじ: 長年にわたりいがみ合ってきた女優マデリーンと作家ヘレンは、共に若さを保つことができるという不死の薬を飲みます。しかし、不死を手に入れた代償として、彼女たちはどんなに体を傷つけられても死ぬことができなくなります。やがて二人は、不死の体を持て余し、奇妙でグロテスクな状況に陥っていきます。
  • 特殊メイクの詳細: ディック・スミスはこの作品で、不死の薬によって引き起こされる、体の一部がねじれたり、穴が開いたりするグロテスクながらもコミカルな特殊メイクを担当しました。
    • ねじれた首: ヘレンが階段から落ちて首が180度ねじれてしまうシーンは、精巧なプロテーゼと視覚効果を組み合わせて表現されました。
    • 腹部の穴: マデリーンがショットガンで撃たれて腹部に大きな穴が開くシーンも、特殊メイクによってリアルかつユーモラスに描かれました。 これらの特殊メイクは、単にグロテスクなだけでなく、キャラクターたちの滑稽な状況を強調し、ブラックコメディとしての面白さを引き立てる役割を果たしました。ディック・スミスの創造性とユーモアのセンスが光る仕事と言えるでしょう。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介した5作品を通して、ディック・スミスがいかに多岐にわたる特殊メイクの技術と創造性を持ち合わせていたかをご理解いただけたかと思います。

『エクソシスト』での悪魔的な変貌と老いた神父の姿、『ゴッドファーザー』での威厳ある老ドンと若き日の姿、『スキャナーズ』での衝撃的な頭部破裂、『タクシードライバー』での内面の変化を映すヘアスタイルと生々しい血糊、『永遠に美しく…』でのグロテスクでコミカルな肉体の変化。

これらの仕事は、単に俳優の見た目を変えるだけでなく、物語のテーマやキャラクターの感情を深く表現するものでした。

bitotabi
bitotabi

ディック・スミスの革新的な技術と芸術性は、後の特殊メイクアップアーティストたちに多大な影響を与え、映画史における特殊メイクの地位を確立したといえるでしょう。

ダニー
ダニー

彼の残した功績は、これからも多くの映画ファンやクリエイターによって語り継がれていくことだろうね!

 

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