チャップリンの『担え銃』ユーモアとペーソスで描く戦争の現実と平和への願い

映画

「地上に平和を、万人に善意を (Peace on earth, good will to all mankind.)」

― この言葉は、チャールズ・チャップリンの作品に通底するヒューマニズムを象徴しています。

第一次世界大戦という未曽有の悲劇のさなかに製作・公開された映画『担え銃』(Shoulder Arms) は、彼の反戦思想を色濃く反映した初期の傑作として知られています。

bitotabi
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本記事では、この作品の概要、製作背景、特徴的な要素、そして後の作品への繋がりについて解説します。

ダニー
ダニー

まずは作品概要から!

作品概要:第一次世界大戦下の最前線を描く

『担え銃』は、1918年に公開されたチャールズ・チャップリン監督・脚本・主演によるサイレントコメディ映画です。第一次世界大戦の西部戦線を舞台に、一人の新兵の奮闘と日常をユーモラスかつペーソス豊かに描いています。

製作されたのは、第一次世界大戦末期から終戦直後というまさにその時代。アメリカが1917年に参戦し、ヨーロッパでは総力戦が泥沼化していました。チャップリンは、この戦争という極めてデリケートで深刻な題材を、あえてコメディとして描くという大胆な試みに挑みました。

当時の社会情勢とチャップリンの立ち位置

第一次世界大戦(1914年~1918年)は、それまでの戦争の概念を覆すほどの規模と悲惨さで世界を覆いました。国家間のプロパガンダが激化し、多くの芸術家もまた、愛国心の発揚や戦意高揚を目的とした作品制作を求められました。

イギリス国籍でありながら、当時アメリカで活動していたチャップリンもまた、複雑な立場にありました。開戦当初、アメリカは中立を保っていましたが、国内では連合国側への同情と参戦を求める声が高まっていました。チャップリン自身、兵役についていないことに対する批判にさらされることもありました。このような状況下で、戦争を題材としたコメディを製作することは、大きな賭けであったと言えるでしょう。しかし、彼は興行的な成功と共に、その風刺精神とヒューマニズムによって、一線を画す評価を得ました。

 



チャップリンの反戦思想

『担え銃』は、表面的なドタバタコメディの奥に、戦争の非人間性や兵士たちの苦悩、そして平和への切なる願いを込めた作品として、チャップリンの反戦思想を強く感じさせます。

塹壕での過酷な生活(水浸しのベッド、届かない小包、危険な任務)をコミカルに描きつつも、そこには常に死の影がつきまといます。偽の樹木に扮して敵陣に潜入するシーンの奇抜さや、敵兵との人間的なやり取り(タバコの火を貸すなど)は、戦争の馬鹿馬鹿しさと、敵味方を超えた個人の存在を際立たせます。

珍しく「優秀でやる気のある」キャラクター

チャップリンが本作で演じる主人公(役名は与えられていないが、通称「兵士13号」や「チャーリー」として知られる)は、彼の代表的なキャラクターである「小さな放浪者(トランプ)」とは一線を画し、非常に有能で勇敢な兵士として描かれています。

  • スナイパーとしての腕前: 驚異的な射撃の腕を見せ、次々と敵兵を倒します(ただし、その描写もどこかコミカル)。
  • 自ら志願: 危険な任務にも臆することなく自ら志願し、目覚ましい活躍を見せます。
  • 英雄的行為: ドイツ軍の捕虜となりながらも脱走し、さらには敵の重要人物を捕虜にするという大金星を挙げます。

この大活躍するキャラクター造形は、戦争という異常な状況下での英雄願望のパロディとも、あるいは観客へのカタルシスを提供しつつ戦争の現実を風刺する狙いがあったとも解釈できます。

「13番の札」は何を意味するのか?

主人公が背負う背嚢には「13」という番号が記されています。西洋において「13」は不吉な数字とされることが一般的です。この番号をあえて主人公に与えたことについては、様々な解釈が可能です。

  • 不吉を打ち破る活躍: 不吉な数字を背負いながらも大活躍することによる皮肉やユーモア。
  • 名もなき一兵卒の象徴: 特定の個人ではなく、無数の兵士の一人であることを示す記号。
  • 運命の皮肉: 戦争という不条理な状況下では、吉凶の観念すら意味をなさないことの暗示。

チャップリン自身がこの数字に込めた明確な意図は不明ですが、観客に解釈の余地を残す一つの要素となっています。

 



えぐいシーンと明確な国名

本作はコメディでありながら、戦争の残酷さを暗示するシーンも含まれています。

  • 女性が襲われるシーン: 主人公が救出するフランス人女性が、ドイツ兵に暴行を受けそうになる場面があります。直接的な描写は避けられていますが、緊迫感のあるシーンです。
  • 戦闘描写: 銃撃戦や砲撃など、死を連想させる描写は随所にあります。ただし、チャップリン特有の身体的なギャグやコミカルな演出によって、直接的な残虐さは和らげられています。

また、作中では敵国としてドイツ、そして主人公が所属する連合国側の兵士(主にアメリカ兵として描かれる)というように、国名が明確に示されています。これは当時の戦争映画としては一般的でしたが、プロパガンダ的な色彩を帯びやすい側面も持っていました。しかしチャップリンは、個々の兵士の人間性を描くことで、単純な敵対構造を超えた視点を提示しようと試みています。

 



夢オチという結末

数々の英雄的な活躍の末、主人公は故郷に凱旋し、仲間たちにその武勇伝を語って聞かせます。しかし、その全てが実は訓練所で居眠りをしていた新兵の夢だったという「夢オチ」で物語は幕を閉じます。

この結末は、様々な解釈を呼びました。

  • 現実逃避と安堵: 過酷な戦場での英雄譚が夢であったことによる、観客の安堵感。
  • 戦争の非現実性: 戦争における英雄的行為や勝利そのものの虚しさ、非現実性を暗示している。
  • プロパガンダへの皮肉: 戦意高揚のための英雄物語への風刺。

いずれにしても、この「夢オチ」は、戦争という現実の重さを突きつけつつも、観客に一抹の救いと複雑な余韻を残す効果的な締めくくりとなっています。

『独裁者』との関係

『担え銃』で示された戦争や権威への風刺、そして人間性の賛美は、後のチャップリンの代表作であり、より直接的にファシズムを批判した『独裁者』(The Great Dictator, 1940年)へと繋がる重要な布石と言えます。

『担え銃』では、特定の独裁者や政治体制を名指しで批判しているわけではありません。しかし、戦争指導者や軍国主義に対する批判的な眼差し、そして何よりも戦争の犠牲となる一般市民や兵士への共感は、後の『独裁者』で結実するチャップリンの思想的テーマの萌芽を明確に見て取ることができます。両作品ともに、笑いの中に鋭い社会批判と平和への強いメッセージを込めている点で共通しています。

結論

チャップリンの『担え銃』は、第一次世界大戦という悲劇的な時代背景の中で生まれた、勇気あるコメディです。それは単に人々を笑わせるだけでなく、戦争の愚かさ、兵士たちの苦悩、そして人間性の尊さを訴えかけます。主人公の型破りな活躍、風刺の効いたギャグ、そして胸を打つペーソスは、公開から1世紀以上を経た現代においても、私たちに平和の価値を問いかけ続けています。そして、その精神は『独裁者』をはじめとする後の作品群へと受け継がれ、チャップリンを映画史に残る偉大なヒューマニストとして位置づける礎となったのです。

例えば、第二次世界大戦後の1947年に発表された『殺人狂時代』(Monsieur Verdoux)では、連続殺人犯を主人公に据えるという衝撃的な設定の中で、戦争による大量殺戮と個人の犯罪を対比させ、資本主義社会や偽善的な道徳観を痛烈に風刺しました。ここにもまた、社会の矛盾や非人間性に対するチャップリンの鋭い批判精神が表れています。

続く1952年の『ライムライト』(Limelight)は、老いた道化師の人生の哀歓を描き、芸術への愛、そして人間そのものへの深い共感と愛情を詩情豊かに映し出しました。この作品は、彼の映画人としての集大成とも言われ、逆境にあっても失われない人間の尊厳や希望を感動的に描き切っています。

さらに、アメリカからの事実上の追放という困難な状況下で製作された『ニューヨークの王様』(A King in New York, 1957)では、マッカーシズムに揺れる当時のアメリカ社会の息苦しさや大量消費文化、商業主義への皮肉を込めた風刺を展開しました。ここでも、自由や個人の尊厳が脅かされる社会に対する警鐘と、人間らしい生き方への希求が見て取れます。

これらの作品群を通じて、チャップリンは単なる喜劇俳優、映画監督という枠を超え、一貫して人間性の尊厳、社会正義、そして平和への強いメッセージを発信し続けました。その鋭い洞察力、深い人間愛、そして権力や不正に屈しない不屈の精神は、彼を20世紀が生んだ最も重要な表現者の一人として、そして時代を超えて敬愛されるヒューマニスト、平和の使者として、今日に至るまで世界中の人々に大きな影響を与え続けているのです。

bitotabi
bitotabi

今なお戦争は起こっており、心を打ってしまうという現実が、悲しいですね。

ダニー
ダニー

観たことが無い人は、ぜひ観てみてね。(Wikipediaに無料動画リンクがあります!)

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