観る者を永遠の謎と不安に突き落とす、デヴィッド・リンチ監督の鮮烈なデビュー作『イレイザーヘッド』。
初公開時の奇妙な動員記録から、作品内に隠された元ネタや象徴の意味まで、カルト映画の金字塔たる所以を深く紐解いていきます。

意味なんてあるのか?と思ってしまう本作ですが、この記事を読むと、いろいろ腑に落ちると思います!

まずは作品概要から!
作品概要
- 公開年: 1977年(日本公開: 1981年)
- 監督: デヴィッド・リンチ
- 脚本: デヴィッド・リンチ
- キャスト: ジャック・ナンス(ヘンリー役)、シャーロット・スチュワート(メアリー役) ほか
- あらすじ: 宇宙に浮かぶ惑星の映像から始まり、舞台はフィラデルフィアを思わせる荒廃した工業地帯へ。冴えない青年ヘンリーは、ガールフレンドのメアリーから自分たちの「子供」が生まれたと告げられます。しかし、そこにいたのは人間とは程遠い異形の赤ん坊でした。メアリーは育児のストレスから家を出て行き、ヘンリーは狭く薄暗いアパートで、泣き叫ぶ奇妙な赤ん坊と二人きりで取り残される。やがてヘンリーの日常は、現実と悪夢の境目を失っていきます。
初週25人、翌週24人の奇跡――異常な情熱から生まれた映画
本作には有名な伝説があります。ロサンゼルス映画祭の深夜上映枠にて初公開され、初公開時の観客はわずか25人。そして翌晩は24人。しかし、その24人はなんと「前日に観に来た24人」がそのまま再び足を運んだのです。一度観ただけでは理解できない奇怪な映画。その強烈な魔力に引き寄せられてまた観てしまう。やがてそれは広がっていき、ロサンゼルスのヌアート・シアターでは1978年から1981年まで3年間も上映され続けたそうです。――まさにミッドナイト・ムービー(深夜上映)の興行からカルト化していった原点と言えます。あんな映画が3年間…。どんな映画館やねん。今の感覚では突っ込みたくなりますが。
この唯一無二の世界観は、極限の自主制作環境から生み出されました。リンチは昼間に新聞配達をして資金を稼ぎながら、馬小屋の中にセットを組み、実に4年もの歳月をかけて完成させました。
機械音のような環境音のサンプリングからストップモーション・アニメーションまで、あらゆる工程を自分一人で作り上げたからこそ、他者の意見や妥協が一切混ざっていない「100%デヴィッド・リンチの純度」で満たされています。リンチ自身が本作を「自身の最高傑作」と語る理由もここにあります。

リンチ自身の「個人的な悪夢」と主人公ヘンリー
本作の背景には、若き日のリンチが学生時代に過ごしたフィラデルフィアの工業地域の不気味な空気感があります。そして当時、学生でありながらパートナーの妊娠という人生の大きな転機に直面し、強い不安と悩みを抱えていた時期にみた「悪夢」がベースとなっています。
これから映画監督や芸術家として成り上がろうというタイミング、そして子どもが生まれるってどういうことなんだろうという不安。それが本作に詰まっていると言えます。
主人公ヘンリーはまさにリンチ自身の投影です。ノーネクタイの時でもシャツの第一ボタンまでキッチリ留める独特のファッションスタイルまで、監督自身と完全に一致しています。子どもができてしまったことへの恐怖と葛藤が、そのまま映画のモチーフとなっているのです。

名作のオマージュと隠されたシンボリズム
一見すると理解不能に見える映像群ですが、古典映画へのオマージュや緻密なシンボリズムが張り巡らされています。
『素晴らしき哉、人生!』と惑星の男
冒頭に登場する惑星のクレーターは、名作『素晴らしき哉、人生!』のオマージュです。同作では天使が神のもとへ向かう際にあの惑星のような場所を通ります。つまり本作における「惑星の男」は「神」のような存在であり、時折現れる細長いヘビのような物体は「命(胎児)を授けるシステム」を象徴していると考えられます。

ポランスキー『反撥』の性別逆転
全体のプロットには、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』からの強い影響が見られます。『反撥』は「性への恐怖」や「子どもを産める体になった恐怖」に脅かされる女性を描いた作品でしたが、リンチはそれを「予期せぬ子どもができてしまった男性の恐怖」へと置き換えました。
作中に登場する「鳥の丸焼き」はもちろんのこと、皮膚が剥き出しになったようなあの「奇妙な赤ん坊」の生々しい造形そのものも、『反撥』で部屋に放置され腐敗していく「ウサギの丸焼き」が持つ生理的嫌悪感やグロテスクさのオマージュと考えられます。その他にも、市松模様の床など美術面においても明確な影響が伺えます。

ラジエーターガールと「小さな人影」
頬が丸く膨らんだ特徴的なメイクの女性、通称「ラジエーターガール」。彼女はアルコール中毒者が幻覚で見るという「小さな人影」から着想を得ており、「死」や「苦しみ」を象徴する存在です。このような存在は、後の『ツイン・ピークス』などリンチ作品の代名詞として繰り返し描かれていくことになります。

語られない赤ん坊の秘密
映画史上最も不気味なキャラクターと言える「赤ん坊」ですが、あの動きがストップモーションなのか実物なのか、リンチはその撮影方法を現在に至るまで頑なに明かしていません。
その理由は「種明かしをしたら、みんなきっと気持ち悪くなるから」。
リンチは映画監督であると同時に、魚や動物の死骸、昆虫などを解剖・再構築してパズルのように組み合わせた立体アート作品を実際に制作していたアーティストでもあります。そのため、あの赤ん坊も何らかの家畜の胎児や生物のパーツをパズルのように組み合わせて作られたのではないかという説が濃厚ですが、真相を闇に包み続けることで、あの赤ん坊は永遠の生々しさを保ち続けています。


もっと強烈なやつもありますよ。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『イレイザーヘッド』は、デヴィッド・リンチが新聞配達をしながら馬小屋で4年をかけて作り上げた、完全なる個人の悪夢の産物です。初週の25人の観客が翌週も通い詰めたという伝説が示す通り、本作には理屈を超えて観る者を虜にする魔力が宿っています。
『素晴らしき哉、人生!』や『反撥』といった名作の要素(ウサギの丸焼きから昇華された赤ん坊の造形など)を解剖しながら、自身の恐怖(父性への恐怖)へと昇華させた本作は、ストーリーを追うのではなく、デヴィッド・リンチという天才の脳内悪夢をダイレクトに体感する最高峰の映画体験と言えるでしょう。

いやー、ようやくこの映画の謎が解けました。

ちなみに本作は眠りにも落ちるよね。その理由はこっちにまとめてるよ。
X(旧Twitter)はこちら
https://twitter.com/bit0tabi
Instagramはこちら
https://www.instagram.com/bit0tabi/
Facebookはこちら
https://www.facebook.com/bit0tabi/
noteはこちら
https://note.com/bit0tabi


コメント