キューブリックの原点『恐怖と欲望』に潜む天才の片鱗

映画

スタンリー・キューブリック監督が、後に「未熟な習作」として回収を試みたと言われる1953年のデビュー作『恐怖と欲望』。

低予算のインディーズ映画でありながら、ここには後の傑作群に通じる「キューブリックの本質」が凝縮されています。

本作が描く「戦争」とは、地図上のどこかではなく、人間の内面で起きている紛争なのです。

bitotabi
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本作の見どころを詳しく解説していきます!

ダニー
ダニー

キューブリックらしさと新人らしさもあって面白いよ!

■「見せない」演出が引き出す、剥き出しの生々しさ

本作で最も印象的なシーンの一つに、兵士たちが敵陣へ侵入し、食事中の敵を襲う場面があります。特筆すべきは、直接的な殺傷シーンを映さない手法です。 カメラが捉えるのは、血ではなく「握りしめられ、こぼれ落ちる食べ物」のアップ。

これは低予算ゆえの制約だったのかもしれませんが、結果として「生命が失われる瞬間」を、視覚的な残酷さを超えた生理的な嫌悪感として観客に突きつけます。見せないことで観客の想像力を最大化させるこのセンスは、まさに写真家出身である彼の面目躍如と言えるでしょう。

■一人二役が提示する「鏡合わせの狂気」

終盤、主人公たちが暗殺を企てる敵軍の将軍とその副官を、主役の俳優たちが「一人二役」で演じている点も見逃せません。 予算削減の策と片付けるには、あまりにも皮肉が効いています。敵と味方が同じ顔をしているという演出は、「戦争において守るべき自分と、殺すべき敵に境界などない」という不条理を浮き彫りにします。

人間を冷徹に、突き放した視点で見つめるキューブリック特有の哲学が、このデビュー作ですでに完成されていたことに驚かされます。



■タイトルに込められた「欲望」の正体

本作のタイトルにある「欲望」とは、何を指しているのでしょうか。

それは食欲や性欲に留まらず、「極限状態において、自分自身(個)であり続けたいという渇望」ではないかと考えられます。

軍隊という組織の中で記号化され、崩壊していく精神。終盤に錯乱状態で再登場するシドニーの姿は、自分というアイデンティティを維持しようともがき、破綻した結果の象徴です。

今日の映学:偶然か、あるいは計算された天才性か

最後までお読みいただきありがとうございます。

低予算という制約が生んだ副産物なのか、あるいは若き天才による緻密な計算だったのか。その答えは、後の『突撃』や『フルメタル・ジャケット』へと続く彼の足跡を見ながら考えていただければと思います。

不完全ながらも、人間の業を真っ向から見つめた『恐怖と欲望』。

bitotabi
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巨匠の「芽」を探しながら観るには、これ以上ない一作と言えるでしょう。

ダニー
ダニー

独特なカメラワークも面白いよ!

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