『One Battle After Another』— PTAが描く、分断された世界と終わらない戦い

映画

ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作『One Battle After Another』は、狂騒的なアクションと、現代社会に対する容赦ない政治的怒りが融合した、まさに「戦い」の名にふさわしい大作です。

トマス・ピンチョンの小説『ヴァインランド』を下敷きにしながら、PTAは独自のカーニバル的なスタイルで、現代アメリカ社会にはびこる分断と権威主義の病巣をえぐり出します。

薬物中毒でパラノイアに苛まれる元革命家ボブ・ファーガソン(レオナルド・ディカプリオ)の哀愁と滑稽さ、そして彼を追うスティーヴン・ロックジョー大佐(ショーン・ペン)の不気味なまでの執着。

この対決は、単なる追跡劇ではなく、イデオロギーと世代の衝突であり、私たち観客に「戦いは終わらない」というほろ苦い現実を突きつけます。

ジョニー・グリーンウッドの神経を逆撫でするようなスコアに乗り、約3時間におよぶこの「戦い」から、私たちは一瞬たりとも目を離すことができなません。

bitotabi
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3時間に及ぶ壮大な物語なので、ストーリーを改めて解説つしつつ、ポール・トーマス・アンダーソン監督の伝えたいメッセージは一体何だったのかをお伝えしていきます。

ダニー
ダニー

完全ネタバレだから、まだの人はご注意!

ストーリー(完全ネタバレ)

過去の裏切りと逃亡の始まり

物語は1980年代後半、極左革命グループ「フレンチ75」の活動から始まる。リーダーのパーフィディア・ビバリーヒルズと恋人パット・カルフーン(ボブ)は、移民収容所を襲撃し、指揮官ロックジョー警部を屈辱的に打ち負かす。この一件でロックジョーはパーフィディアに異常な執着を抱き、後に逮捕したパーフィディアに性的関係を要求し解放する。

パーフィディアは娘シャーリーン(後のウィラ)を出産するが、銀行強盗の失敗で逮捕。ロックジョーの提案でフレンチ75の仲間を密告し、組織は崩壊する。パーフィディアは証人保護プログラムに入った後、ロックジョーの監視を逃れメキシコへ。パットは娘を連れ、それぞれボブ・ファーガソン、ウィラ・ファーガソンとして、聖域都市バクタン・クロスに潜伏する。

現在:追跡者と世代の対立

16年後、ボブは薬物中毒とパラノイア(精神病)に苦しみながら、空手師範セルジオ・セント・カルロス(ベニチオ・デル・トロ)に鍛えられ自立したティーンエイジャーに育った娘ウィラと共に暮らしている。

一方、反移民政策で警視に昇進したロックジョーは、白人至上主義の秘密結社「クリスマス・アドベンチャラーズ・クラブ」に入会し、権力を強化していた。彼はウィラが実の娘である可能性を探り、移民取締作戦を装ってバクタン・クロスに軍を派遣する。

元フレンチ75のメンバー、デアンドラらの助けでウィラは辛うじて逃走。ボブは自宅の隠しトンネルから脱出するが、麻薬で脳が朦朧とし、革命のパスワードを思い出せず孤立する。ウィラは修道院で保護され、母パーフィディアが仲間を裏切った真実を知る。

最終的な決着と粛清

ロックジョーは修道院を襲撃し、ウィラのDNAを採取して実父であることを確認する。しかし、この時点で、彼が黒人女性であるパーフィディアと関係を持っていた事実は結社に知られてしまう。結社はロックジョーを「裏切り者」と見なし、抹殺を命じる。

最終決戦で、ロックジョーは結社のヒットマンティム・スミスに撃たれ、車をクラッシュさせるが、重傷ながら生き延びる。一方、ロックジョーにウィラ殺害を命じられた賞金稼ぎアヴァンティQはウィラを解放し、部下に撃たれて死亡。ウィラはアヴァンティの車で逃走し、追ってきたスミスを自らの手で射殺する。

そして、重傷から生還したロックジョーは、結社に回収されるも、結局は有毒ガスによって殺害され、遺体を焼却されるという非情な粛清を受ける。彼は自身が属する巨大な権力によって、あっけなく「用済み」として処分されたのだ。

帰宅後、ボブはウィラに母パーフィディアからの手紙を渡す。ボブは娘がもはや自分の庇護を必要とせず、自身の道を歩み始めたことを悟り、抗議運動に参加しに行くウィラを静かに、そして誇らしげに見送る。



本作に込められたメッセージ:右傾化思想とシステムの冷酷さ

『One Battle After Another』は、単なる復讐劇やアクション映画ではなく、現代社会が抱える最も深刻な病巣、すなわち右傾化と移民排斥に対する痛烈な批判として機能しています。

1. ロックジョーが体現する「偽善的な権威主義」

ショーン・ペン演じるロックジョー大佐は、単なる狂気の悪役ではありません。彼は、現代の排他的なナショナリズムと権威主義の病理そのものを体現しています。

彼は反移民政策で出世し、白人至上主義の結社に属しながら、過去には自身が蔑む人種的背景を持つ女性(パーフィディア)と関係を持ち、彼女との間に生まれた娘(ウィラ)に異常な執着を抱いています。この事実は、「純粋なイデオロギー」を掲げながら、裏では私的な欲望と偽善にまみれている体制側の醜悪さを浮き彫りにします。ロックジョーの狂気は、社会全体に蔓延する「ダブルスタンダード」の暗喩なのです。

本来、基準やルールは誰に対しても公平に適用されるべきですが、ダブルスタンダードでは、例えば「身内には甘く、部外者には厳しい」といったように、基準を使い分けます。

政治や社会問題における「右寄り」(保守的、あるいは排他的な考えを持つ層)が、批判の的となりやすいダブルスタンダードの具体例としては、以下のようなものが挙げられます。

2. 「システム」による容赦ない粛清の警告

最も重要なメッセージの一つは、ロックジョーの最期にあります。彼はボブを追い詰めるために結社を利用しましたが、失敗し、汚点となった瞬間に、その結社によってガスで殺害され、焼却されます。

これは、右派・極右といったイデオロギー集団ですら、最終的には感情や忠誠心ではなく、「システムの維持」という冷酷な論理で動いていることを示しています。ロックジョーは、イデオロギーの道具として使われた挙句、用済みとなれば一瞬で消される「使い捨ての駒」でした。PTAは、いかなる巨大な権威や思想も、個を容易に踏み潰す冷酷なシステムから成り立っていることを強烈に警告しています。



3. パーフィディアに込められた社会的メッセージ

彼女の行動は単なる「冷たい母親」というキャラクター描写に留まらず、社会的なメッセージを多分に含んでいます。

  1. 「母性神話」への過激な抵抗 パーフィディアは、社会が女性に押し付ける「母性神話」、つまり女性は子を産んだら本能的に活動を縮小し、献身的に家庭に入るべきという規範に対して、極めて過激な抵抗を試みています。妊娠中も銃を撃ち、出産後も自分のアイデンティティを「革命家」として優先する姿勢は、子を産んだ途端に「労働者」や「活動家」としての価値を失うかのように見られがちな女性の悲痛な叫びを象徴しています。
  2. 自己実現の代償 しかし、この映画は彼女を英雄視しません。彼女は活動を優先した結果、パット(ボブ)とウィラを危険に晒し、最終的に仲間の裏切りという決定的な過ちを犯します。PTAは、女性が自己の夢や活動を優先する際には、社会的なレッテルだけでなく、個人的な幸福や絆との悲劇的なトレードオフが存在することを鋭く示唆しているのです。
  3. ロックジョーの執着との対比 ロックジョーの執着が彼女の身体や過去を「所有」しようとする男性的な支配の象徴だとすれば、パーフィディアの「活動家」としての執着は、その支配から逃れ、自己を完全に決定しようとする究極の自己決定権の行使の試みです。どちらの道を選んでも、女性には大きな代償が伴うという、冷徹な現実を描き出しています。

パーフィディアは、過去の革命家としての過ちと、母親としての責任の放棄という、二重の重荷を背負うことで、現代の働く女性、夢を追う女性が直面する、目に見えない葛藤を体現していると言えるでしょう。



4. 「戦い」の継承と世代間の希望

ボブが薬物とパラノイアに囚われたままパスワードを思い出せず、過去の亡霊に縛られていたのに対し、娘のウィラは、母の裏切りという重い真実を知り、ロックジョーの駒を自らの手で排除することで、過去の因縁を断ち切ります

そして、ラストシーン。ボブはもはや闘争の主役ではありません。彼は、ウィラが新たな抗議運動へと向かう姿を静かに見送ります。これは、かつての理想に破れ、停滞していた親世代から、現実を直視し、自己を犠牲にした者たちの遺志を継いで「次なる戦い」に立ち向かう子世代への、希望を込めたバトンタッチを意味しています。

戦いは終わらないが、戦う意思と力は継承されていくのです。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

『One Battle After Another』は、確かにPTA作品の中でも群を抜いてエンターテイニングです。アクションは圧巻で、ディカプリオのユーモラスな演技も光ります。

しかし、その根底には、私たちが目を背けがちな、アメリカを中心とした現代社会の社会的な混乱と権力の腐敗に対する深い洞察が流れています。

本作は、単に「正義」が勝つ物語ではありません。むしろ、戦いは常にあり、個人はシステムに飲み込まれかねないという、シビアな現実を突きつけます。

bitotabi
bitotabi

私たちは、この映画のラストでウィラが立ち向かったように、絶えず続く「戦い」をどのように受け止め、次の世代に何を託すのでしょうか。あなたにとって、この映画の最も衝撃的な「戦い」の瞬間は何だったでしょうか?

ダニー
ダニー

深いね!

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