映画ファンを自称していながら、どうしても手が伸びない作品というものがあります。私にとってその筆頭が、デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』でした。
リンチ監督といえば、映画愛好家の間で圧倒的な支持を得ている巨匠です。しかし、私には苦い記憶があります。彼のデビュー作にして名作とされる『イレイザーヘッド』に何度か挑戦したものの、そのたびに独特の空気に包まれ、途中で心地よい眠りに誘われては完走できずにいたのです。
「もし、この歴史的な名作すら理解できなかったらどうしよう」
そんな不安が私をこの作品から遠ざけてきました。しかし、監督の逝去という報に接し、いつまでも逃げているわけにはいきません。高い壁を乗り越え、彼の代表作と真摯に向き合うべき時が来たと感じています。

この記事では、私と同じように「難解そう」というイメージで本作を避けてきた方に向けて、鑑賞前に知っておくと物語がより深く心に響くポイントをまとめています。
- 映画のモデルとなった、実在の男性の生涯
- 19世紀末ロンドンが抱えていた「残酷な娯楽」の背景
- 物語の土台となった、医師による真実の記録

実話なんだね!
19世紀ロンドンの闇に生きた「ジョン・メリック」
この物語は、19世紀のイギリスに実在したジョセフ・メリックという男性(劇中ではジョン・メリック)の生涯をモデルにした実話です。

彼はその特異な外見から、当時は「エレファント・マン(象男)」と呼ばれていました。1880年代のロンドンは、産業革命によって近代化が進む一方で、貧富の差が激しく、人々の好奇心を満たすための「見世物小屋(フリーク・ショー)」が娯楽として成立していた時代です。彼はそこで、過酷な見世物としての生活を余儀なくされていました。
医師トリーブスとの出会いと「人間宣言」
そんな彼を病院へ保護し、一人の人間としての交流を試みたのが、アンソニー・ホプキンス演じるフレデリック・トリーブス医師です。この映画は、実在のトリーブス医師が残した手記や回想録を重要な骨子として制作されました。

トリーブス医師との出会いによって、ジョンは自分の中にあった知性や美を愛する心を少しずつ取り戻していきます。「私は象ではない、人間だ」というあまりにも有名な叫びは、当時の社会に対する彼の悲痛な抗議であり、失われかけていた尊厳の証明でもありました。
鑑賞前の心境として
最後までお読みいただきありがとうございます。
今、私の手元には再生を待つ画面があります。 リンチ監督特有の難解さに対する不安が完全に消えたわけではありません。しかし、かつてこの地上に確かに存在した一人の男性の魂の記録として、背筋を伸ばして見届けたいと思います。
この作品は、外見という殻に閉じ込められた一人の人間の、気高い精神の物語です。私と同じように、これまで「なんとなく怖そう」と避けてきた方も、この機会に一緒にその一歩を踏み出してみませんか。

次回の記事では、80年代初頭のSFXブームにあえて逆行し、なぜ本作が「白黒」で撮られ、どのような特殊メイクの魔法がかけられたのか。その裏側を支えた天才スタッフたちの仕事ぶりに迫ります。

お楽しみに~。
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