カンヌ映画祭の批評家週間にて初披露され、2026年に行われる第98回米国アカデミー賞国際長編映画賞への台湾代表作品にも選出されている。シーチン・ツォウ監督の『左利きの少女』がこれほどまでの快挙を成し遂げたのは、単なる社会派ドラマとしての完成度によるものではありません。
物語の幕が上がるとき、私たちは「台北へ越してきた、ある不遇な家族」の日常に立ち会います。しかし、その何気ない生活の断片――長女の倦怠感、母の不在、幼い妹の無垢さと呪い――それらすべてが、実は観る者の「先入観」を逆手に取った周到な罠だとしたら?
カンヌの観客がラスト1分で言葉を失い、自らの記憶を必死に巻き戻し始めた理由。そして本作が仕掛けた「視点の反転」と、台北の路地裏に隠された「陰」を深掘りして解説します。

読み終えたとき、あなたはもう、冒頭の引っ越しシーンを「微笑ましい新生活」として観ることはできなくなるはずです。

結末に関するネタバレはないからまだ観てない人も安心してね!
あらすじ:三者の視点が描き出す台北の生活
本作は、台北の片隅で暮らす母娘三人、それぞれの視点から交互に描かれます。

母の視点:生活の重圧と、ある「沈黙」
慣れない土地での仕事と、日々の糧を得ることに必死な母。彼女の視点からは、常に付きまとう貧困の重圧と、生活の端々に漂うある「沈黙」が、拭い去れない不穏な影として映し出されます。
長女の視点:ビンロウ・ガールとして削られる自尊心
高校を卒業し、まだ大学生くらいの若者である長女。彼女に与えられた役割は、露出度の高い衣装を纏い、街角でビンロウを売ること。そして、その合間に幼い妹の送迎をこなす日々。大学で未来を謳歌する同級生たちへの羨望、そして自分の不幸を呪うような虚無的な表情。彼女の満たされない空気感は、やがて危うい行動へと繋がっていきます。
妹の視点:左手の「悪魔」に支配される幼心
左利きであることを祖父から忌み嫌われ、無理な矯正を強いられる幼稚園児の妹。疎外感に苛まれる彼女は、いつしか「万引き」という奇妙な習慣を身につけてしまいます。「自分がやったのではない、左手の悪魔が勝手に動いたのだ」という妄想。その純粋ゆえの過ちが、家族の日常に関わっていきます。
【徹底解説】作品の深淵に触れるための「台湾文化」の知識
本作の残酷なリアリティを理解する上で欠かせない、台湾特有の文化背景を解説します。
1. 檳榔(ビンロウ)と「檳榔西施」の正体
ビンロウはヤシ科の植物の実で、噛むと覚醒作用をもたらす嗜好品です。

店頭に立つ露出度の高い女性(檳榔西施/ビンロウ・ガール)は、元々は長距離ドライバーへの販促サービスとして始まりました。しかしその実は、社会保障の網から漏れた若い女性が短期間で現金を稼ぐための生存戦略でもあります。あの派手なガラス張りの店舗は、台北の「陰」を象徴する光景でもあるのです。

2. 台湾における「左利き」への忌避感
道教の影響が強い地域では、右側を「正・陽」、左側を「邪・陰」とする観念が今も根強く残ります。左利きは「不吉の前兆」や「悪魔」と結びつけられ、幼少期に苛烈な矯正が行われることも少なくありません。妹が万引きを「左手の悪魔のせい」とするのは、最も身近な大人である祖父からの否定が、彼女の幼い心に深く侵食している現れなのです。

【感想・考察】すべてが反転する、驚愕のラストに寄せて
台湾の映画というと、台湾料理や台湾独特の人々の温かさに癒されるものが多いです。本作にもそういった要素はあります。母が働く麺料理屋の隣で見守る男性の親切心や、なにより幼い妹の愛らしい姿。ミーアキャットを可愛がり、長女に対して「かわいいね」と笑いかけたり、一心不乱にお絵描きをしたりする姿。
しかし、そうした「日常の光」があるからこそ、突き付けられる貧困層の陰や、台湾の路地裏に潜む残酷なストーリーが、より一層の鋭さを持って胸に刺さります。まるでドキュメンタリーを観ているかのような緩急の見せ方、プロットの巧みさには脱帽するしかありません。
特に長女役(Ma Shih-yuan/馬士媛)の演技は抜群です。本来なら大学に通っているような若さで、あの生活を背負わされるきつさを、気だるい表情でもって見事に演じます。彼女の演技があってこそ、本作があたかもドキュメンタリーであるかのような没入感を受けるのです。
そして、ラストで明らかになる衝撃の事実。あまりにも冷たい現実が、本作が随所で見せてきた台湾の人々の親切や子どもの無垢さ、そういったポカポカした温度との「寒暖差」を一気に突きつけてくるわけです。その瞬間、これまでの違和感や断片的なエピソードのすべてが腑に落ちてしまう。非常にバランスの取れた、恐ろしいほど完成度の高い脚本に感嘆しました。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『左利きの少女』非常に面白い作品です。
台湾、特に台北という町の独特な空気を、あたかもドキュメンタリーのように感じさせつつ、ドラマチックにも魅せる。

注目の台湾映画と言えるでしょう。

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