アカデミー賞を総なめにするような巨匠が、誰もが認める豪華キャストを揃え、あえて「中身が空っぽな物語」を撮ったとしたら。それは手抜きでしょうか、それとも究極の遊び心でしょうか。
今回ご紹介するのは、コーエン兄弟による『バーン・アフター・リーディング』です。

ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントンといったそうそうたる名優たちが、国家の命運ではなく、自分の整形手術や不倫、あるいは保身のために右往左往する姿は、ある意味でどんなスリラーよりも衝撃的かもしれません。

めっちゃ豪華キャストだね!
『ファーゴ』から12年、到達した「皮肉」の極致
本作は2008年に公開された、コーエン兄弟監督・脚本による作品です。彼らの代表作である『ファーゴ』(1996年)から12年、そして『ノーカントリー』(2007年)でアカデミー賞作品賞を受賞し、映画界で確固たる地位を築いた直後に発表されました。
特筆すべきは、本作が特定の事件をモデルにしていない完全なオリジナル脚本であるという点です。映画人として頂点を極めた彼らが、その権威を背景に、あえてワシントンD.C.という権力の中心地を舞台にした「マヌケな人間たちの群像劇」を仕掛けたことに、深い皮肉が込められています。
主役級のスターたちが「空回り続ける」滑稽さ
本作の最大の魅力であり、最大の皮肉は、二度と実現できないような豪華キャストが、全編通してただただ「空回り続けている」という点にあります。これほどの功績を持つ俳優陣を揃えておきながら、見事なまでの肩透かしを食らわせてくれるのです。
- ジョージ・クルーニー:常に周囲を警戒しているようでいて、実は出会い系サイトに夢中な連邦保安官。
- フランシス・マクドーマンド:自分の肉体的な不満を解消するため、整形手術の費用作りに突き進むジム店員。
- ブラッド・ピット:本作随一の愛されキャラ。恐ろしいほどお気楽で、事態をかき乱すお調子者のインストラクター。
- ジョン・マルコヴィッチ:プライドだけは高いものの、アルコール問題を抱えCIAをクビになった元分析官。
- ティルダ・スウィントン:冷徹で完璧主義な医師でありながら、夫との冷え切った関係に苛立つ妻。
- J・K・シモンズ:報告される不可解な事態に、ただただ困惑し続けるCIAの上官。
これほどの実力派たちが、そのキャリアを惜しげもなく「一生懸命に空回る姿」に捧げている演技は圧巻です!
個人的な「不満」が招いた、あまりにマヌケな悲劇
物語のすべての始まりは、CIAを解雇された分析官オズボーン(ジョン・マルコヴィッチ)が、腹いせに書き始めた「回顧録」のデータでした。しかし、このデータを世に放ったのはスパイでも工作員でもなく、彼の不倫妻ケイティ(ティルダ・スウィントン)です。彼女が離婚を有利に進めるために夫の資産データを盗み出した際、よく分からぬまま一緒にコピーした「自分語りの原稿」が、回り回ってスポーツジムの更衣室に置き忘れられてしまったのです。
これを拾ったのは、ジムの従業員チャド(ブラッド・ピット)とリンダ(フランシス・マクドーマンド)。二人はこの退屈な原稿を「恐ろしい国家機密」だと思い込み、ロシア大使館に売りつけようと大真面目に画策し始めます。そこに、出会い系サイトで女性を漁る連邦保安官ハリー(ジョージ・クルーニー)や、浮気調査、さらにはCIAの監視の目が複雑に絡み合っていきます。しかし、事態が深刻化すればするほど、彼らの動機の小ささと、滑稽さが浮き彫りになっていくのです。
感想:現代社会に潜む「バタフライエフェクト」
昨今、情報漏洩が様々に囁かれる中、「自分の個人情報にそれほどの価値はないから、たとえ漏れても大丈夫だろう」そんな風に思ったことは幾度となくあります。本作は失意の中、日記感覚で書いた暴露本が人の目に触れ、やがて大きな騒動へと発展していく……というプロットです。
連日報道される凶悪事件や、我々の耳に届かない闇の大事件の中にも、こういった元をたどると何てことないものがあるのではないかというユーモアが非常に面白いと感じました。人間関係にしてもそうで、なぜかあの人は自分に対して怒っているようだけれども、胸襟を開いて話してみれば意外となんてことなかった、そんなこともあるかもしれないなと思わせてくれるストーリーでした。
これぞまさにバタフライエフェクト。ユーモラスかつ、豪華キャストをこれでもかとこのくだらない事件に巻き込んだのは、コーエン兄弟だからこそなせる業でしょう。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『ファーゴ』で見せた雪原の悲喜劇から12年、映画人として頂点に立ったコーエン兄弟が描き出したのは、あまりにマヌケで、それでいて愛おしい人間の「無意味な空騒ぎ」でした。70年代の重厚な政治サスペンスのような演出を使いながら、描かれるのはミニマルな個人の不満。
ラストシーンでCIAの幹部が放つ「結局、我々は何を学んだんだ?」「何も分かりません」という台詞は、この作品が持つ壮大な無意味さを象徴しています。

巨匠がブランド力を総動員して仕掛けた、この小気味よい肩透かし。映画というエンターテインメントを知り尽くした彼らにしかできない、最高に贅沢な皮肉をぜひ堪能してほしい一作です。

ファーゴが好きな人は特におすすめだね!
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