『佐々木くんが銃弾止めた』—0%と決めつけないヒーロー像

誰もが日常の中で、心の片隅で「これで本当に良いのだろうか」と感じる違和感や、見て見ぬふりをしてしまう不条理に直面することがあります。

しかし、その違和感を真正面から受け止め、行動に移せる人はごくわずか。

藤本タツキ氏が手掛けた短編漫画『佐々木くんが銃弾止めた』は、少年漫画誌が持つ熱量を保ちながら、その枠を超越した衝撃と深い問いかけを読者に残しました。

本作に凝縮されたテーマは、後の『チェンソーマン』へと続く、作者の特異な才能とメッセージの原点を見るかのようです。

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作品概要

タイトル： 『佐々木くんが銃弾止めた』 作者・媒体： 藤本タツキ 短編漫画（短編集『17-21』等に収録）

物語は、佐々木くんにとって「神様」のように尊敬する恩師・川口先生の授業中に、突然銃を持った不審な男が乱入するという緊迫した状況から始まります。

佐々木少年は川口先生に憧れる純粋な中学生。その教室に現れた不審な男が突きつけた要求は、生徒や先生の命を脅かすものだけでなく、「セックスさせろ」という、極めてショッキングで私的なものでした。

この作品の大きな特徴は、この不審者の要求を通じて、「童貞」や「セックス」といった、少年漫画では異例のテーマを、「暴力」や「ヒーロー性」といった王道の構造と正面からぶつけた点です。その展開のどストレートさ、それでいて読者に変化球のように深く突き刺さる表現こそ、いかにも藤本タツキ氏らしい作風が初期から確立されていたことを示しています。

最終的に、銃を持った不審な男が放った銃弾を、佐々木くんが偶然止めてしまいます。そして、佐々木くんは、未来から来た人間であると嘘をつくことで不審な男を説得し、この不条理な事件は幕を閉じます。銃弾を物理的に止めるという奇跡的な出来事と、その後の「嘘」という知恵によって解決を図る展開は、本作のテーマに一層の奥行きを与えています。

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ヒーローの定義：「カッコつけ」と「決めつけ」の対比

本作の魅力は、佐々木くんと、銃を持った不審な男の心情が、二つの強力な名言によって対比され、浮き彫りになる点にあります。

佐々木くんの覚悟

誰もが恐怖で言葉を失い、思考停止に陥る中で、佐々木くんが発したのがこの言葉です。

「みんな黙ってるから、僕だけでもカッコつけなきゃいけないんだよ」

この言葉は、彼の行動が「義務感」や「使命感」といった紋切り型の動機ではなく、周囲の無関心や沈黙に対する、孤高の抵抗であることを示しています。

世間や常識が目を背ける不条理な現実に、純粋な心で立ち向かう姿は、まさに『チェンソーマン』の主人公たちにも通じる、極めて個人的で、それでいて強烈に輝く藤本タツキ作品特有のヒーロー像を提示しています。

「0パーセント」の呪縛と希望

一方、物語の根底にあるのは、川口先生が佐々木くんに進路相談で語った、この重い言葉です。

「物凄く低い可能性を、面倒だから0ってことにするんだよ」

このセリフは、川口先生自身が抱える、あるいは社会が持つ「決めつけ」に対する、痛烈な批判として機能しています。

佐々木くんの父は宇宙飛行士を目指していましたが、亡くなる前に「俺は死んだら月に行くんだ」と言っていました。佐々木くんは、父が月に行ったことを確かめるため、宇宙飛行士になるという夢を持っていますが、それを同級生たちは笑います。

川口先生のこの言葉は、そのような「ありえない」とされる夢や、「物凄く低い可能性」を、面倒だからといって「0」と切り捨てることの危険性を訴えています。この信念こそが、後に佐々木くんの命を救い、不審な男の心を動かす鍵となります。

不審な男が「童貞のまま死ぬ」と自らを決めつけ、未来の可能性をゼロにしてしまったのに対し、佐々木くんは父への愛と川口先生の言葉によって、未来の可能性に自身の人生を賭けています。不審な男が絶望の淵で流す涙と、佐々木くんが川口先生に「だから僕は月に行きます」と告げて流した、希望に満ちた涙は、対極的でありながら、「決めつけ」が人の人生をいかに大きく左右するかという普遍的なメッセージを強調しています。

可能性を信じることの尊さを、これほど痛烈に描いた作品は少ないでしょう。

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今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

『佐々木くんが銃弾止めた』は、過激とも受け取れるテーマや描写を用いながらも、その核心は「誰もが持っている可能性を信じ、不条理に立ち向かう勇気」を描いた、まごうことなき王道のヒーロー譚です。

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