もし、世界で最も有名な悲劇が、戦国の世を舞台に、能の様式美で描かれたら?
この答えが、巨匠・黒澤明監督が1957年に発表した傑作『蜘蛛巣城』です。ウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇の一つ『マクベス』を大胆に翻案し、日本の戦国時代、具体的には安土桃山時代の動乱期に移植した本作は、人間の底知れない野心と、それが招く逃れられない破滅の宿命を、息をのむ映像美と戦慄的な演出で描ききっています。
ハリウッドの著名な監督たちが「シェイクスピア翻案の最高峰」と称賛する、この圧倒的な作品の魅力とは一体何でしょうか。

それではここから、作品概要から撮影の裏側、そして武将夫婦がたどる壮大な物語の結末まで、本作について詳しく解説していきます。

まずは概要から!
作品概要と制作背景
黒澤明監督が1957年に発表した『蜘蛛巣城』は、ウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇の一つ『マクベス』を大胆に翻案し、日本の戦国時代、具体的には安土桃山時代の動乱期を舞台に移した時代劇です。
脚本は小国英雄、橋本忍、菊島隆三、そして黒澤明が共同で担当しました。主なキャストは三船敏郎、山田五十鈴、千秋実、志村喬など、当時の日本映画界を代表する名優たちが集結しています。
監督はかねてよりシェイクスピア作品の映画化を望んでおり、『マクベス』を日本の戦国時代に置き換えるという構想を実現しました。監督は、西洋の悲劇を日本の「能楽(のうがく)」の様式美と融合させることで、普遍的な野心と破滅のテーマを、より様式化された緊張感の中で表現することを目指しました。主演の三船敏郎と山田五十鈴による、豪快な「動」と冷徹な「静」の演技の対比も、この試みの中で生まれた重要な演出の一つです。
『蜘蛛巣城』のあらすじ(起承転結)
【起】霧中の予言と野心の芽生え
戦国時代。主君・都築国春に仕える猛将、鷲津武時(三船敏郎)と三木(千秋実)は、戦での功績を挙げた帰り道、蜘蛛巣城へ向かう霧深い森の中で異様な姿の「もののけ」に遭遇します。もののけは武時に「やがて城主となり、ついには一国を治める」と予言します。城に戻った武時を待ち受けていたのは、予言の実現を強く望む冷酷な妻・浅茅(山田五十鈴)でした。

【承】主君殺害と罪の始まり
予言に心を乱され、浅茅にそそのかされた武時は、滞在中の主君・都築国春を暗殺するという大罪を犯します。武時は罪を家臣になすりつけ、混乱に乗じて念願の蜘蛛巣城の城主の座に就きます。しかし、新たな予言が三木の息子に将来を託す内容であったため、武時は自身の地位を脅かす存在として、かつての盟友であった三木を殺害します。
【転】猜疑心と夫婦の狂気
権力を手に入れた武時でしたが、罪の意識と猜疑心から精神的に追いつめられていきます。祝宴の席で三木の亡霊を見るなど、幻覚に苦しみ、感情の起伏は激しくなります。一方、浅茅もまた罪の意識から逃れられず、手を洗い続けるなどの狂気の兆候を見せ始めます。城の周辺には敵軍が迫り、城内では武時に対する家臣たちの不信感が高まっていきます。

【結】動く森と壮絶な最期
武時が最後の頼みとして再びもののけに予言を求めると、「蜘蛛巣城の森が動かない限り、おまえは安泰だ」と告げられます。この言葉に安心した武時でしたが、迫りくる敵の奇襲により、家臣たちは次々と離反。そして、敵が身を隠すために木を切り、それを掲げて進軍した結果、武時の目に「森が動いている」ように映ります。予言の崩壊と、城の崩壊を悟った武時は、裏切りによって激昂した家臣たちの無数の矢に射抜かれ、壮絶な最期を遂げます。

対照的な夫婦の演技が描く恐怖
本作の最大の魅力の一つは、主人公夫婦の演技の対比にあります。
- 夫・鷲津武時(三船敏郎):武時は予言に心を乱され、罪を犯すたびに激しい恐怖や葛藤を表情や動きで露わにします。彼の感情の起伏の豊かさが、人間が狂気に飲まれていく様をドラマチックに表現しています。彼が背負うムカデ(百足)の旗印は、決して退かず前進のみを貫く武将の象徴であり、最終的に破滅へと突き進む彼の宿命を暗示しています。
- 妻・浅茅(山田五十鈴):浅茅は、終始能面を思わせる無表情と、抑制された静かな動きで、底知れない冷酷さを表現します。この「静」の演技こそ、能の様式美が応用された演出であり、彼女の内に秘めた狂気は、夫の激しい感情と見事な対比をなしています。

様式化された映像とホラー的演出
黒澤監督は、本作に能楽の様式美だけでなく、様々な映像技法を取り入れました。
- シンメトリーな構図:随所に見られる左右対称のショットは、映画に厳格な美意識と安定感を与え、登場人物が逃れられない運命の法則に従っているかのように感じさせます。
- ホラーの要素:霧に包まれた春日奥山(春日山原始林)のロケ地が醸し出す不気味な雰囲気や、浅茅の冷徹な佇まいなど、随所にホラー映画のような戦慄的な演出が用いられ、観客の心理的な恐怖を煽ります。
- 罪の象徴:特に浅茅が手を洗い続ける有名なシーンは、マクベス夫人の拭えない罪の意識を象徴的に表しており、後世の多くの映画や作品でオマージュされるほど、象徴的な場面となっています。


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緊迫感あふれる撮影の裏側と評価
撮影はエキストラ2,000人、馬560頭を動員する破格のスケールで行われ、戦国時代の重厚な世界観を構築しました。
そして、クライマックス。原作の「言葉のトリック」によるどんでん返しを排し、武時が迎える結末は、より現実的で苛烈な因果応報として描かれます。武時を射る矢のシーンでは、大学の弓道部の協力を得て、三船に「自由に動いて」という指示のもと、本物の矢が射込まれたという逸話があり、その圧倒的な緊迫感とリアリティは、映画史に残る名場面です。最後の矢が首を貫くシーンの鮮烈かつ自然な繋ぎ方は、見事な編集技術によって、観客に強烈な衝撃を与えます。

受賞歴と国内外の評価
『蜘蛛巣城』は公開当初から国内外で高い評価を獲得しました。
特に、ヴェネツィア国際映画祭では出品され、その革新的な演出や様式美が絶賛されました。また、ニューヨーク映画批評家協会賞では、最優秀外国語映画賞を受賞するなど、西洋の古典を見事に東洋の様式に昇華させた作品として世界的に認められています。シェイクスピアの翻案作品の中でも最高傑作の一つと位置づけられており、後世の映画監督や演劇界にも多大な影響を与え続けています。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『蜘蛛巣城』やはり強烈な映画です。

三船敏郎と山田五十鈴の魂の演技、壮大なスケール、そして時代劇にシェイクスピアを落としこもうというそのアイデア。すべてが素晴らしい。

狂気がテーマだから、黒澤映画では恐い雰囲気になっているのも見どころだよね。
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