異様な静寂が狂気を生むー『蜘蛛巣城』が戦国時代劇で実現した「能の様式美」

映画

黒澤明監督の『蜘蛛巣城』が、シェイクスピアの翻案や時代劇に留まらずに評価を受けるのは、全編にわたって日本の古典芸能「能楽(能)」の様式美が徹底的に取り入れられていることも要因の一つです。

この抑制された「静」の美学が、武時夫妻の燃え上がる野心と対比され、観客に底知れない恐怖と悲劇の重みをもたらしています。

ダニー
ダニー

凄いのは分かるんだけど、そもそも「能」のことがよく分かんない。

bitotabi
bitotabi

そうだよね。そこで、今回の記事では、「能」について語りつつ、それらがいかに本作に落とし込まれているのかを解説していきましょう。

鬼女・浅茅に宿る「能面」の様式美

能の要素を最も色濃く体現しているのが、武時の妻・浅茅(山田五十鈴)です。彼女は「欲望の化身」でありながら、その演技は能楽の基本である「抑制(いよく)」を極限まで追求しています。

  • 能面のような表情の固定 浅茅は、喜びや悲しみといった感情を、顔の表情筋で豊かに表現しません。終始、口角の上がらない無表情を貫き、それはまるで能面を見ているかのようです。能面は光の当たり方や演者のわずかな傾きで感情が変化して見えるように設計されており、浅茅の無表情は、観客に「底知れない冷酷さ」や「内に秘めた狂気」を想像させる余地を与えています。
  • 「摺り足」による非人間的な動き 浅茅の歩き方には、能特有の摺り足(すりあし)の要素が取り入れられています。床面から足を上げずに滑るように動くその姿は、人間の生活感がなく、生身の女性ではない、まるで宿命を運ぶ化け物のような不気味な印象を与えます。
bitotabi
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摺り足で歩く演出は、他のちょっとした兵士の歩くシーンなどでも観られますよ。また、浅茅だけでなく他のキャラクターも能面を意識しているであろう表情が印象的です。

恐怖を呼び起こす「静」と「動」の対比

『蜘蛛巣城』における能の様式美の真価は、その「静」の美学が、三船敏郎演じる武時の「動」の演技と鮮やかな対比をなすことで発揮されます。

  • 浅茅の「静」:浅茅は常に低い声で、感情を押し殺したまま、論理的かつ冷徹に夫を操ります。彼女の静かな佇まいこそが、武時の心の闇を深く、長く、蝕んでいく最大の要因となります。
  • 武時の「動」:一方、三船敏郎が演じる武時は、全身を震わせ、大声で嘆き、狂気に駆られて城中をさまよいます。この過剰なまでの「動」の表現が、浅茅の静けさと並置されることで、武時の精神的な破滅の速度と激しさが際立ちます。

この「静」と「動」のコントラストが、西洋的なリアリズムの悲劇にはない、東洋的な様式美に基づいた強烈な緊張感を生み出しているのです。



能舞台を思わせる空間と音の演出

黒澤監督は、セットや撮影技法においても、能の様式美を追求しました。

  • 左右対称(シンメトリー)な構図 城内のセットは、能舞台のように無駄な装飾を排し、左右対称の緊張感のある構図で撮影されることが多くあります。これにより、場面全体が演劇的な空間となり、武時が城という舞台上で、逃れられない運命を演じているという感覚を強めます。
  • 象徴的な「音」の使用 能楽が拍子(太鼓や鼓)で緊張感を煽るように、本作でも音の象徴的な使用が目立ちます。特に、浅茅が手を洗うシーンで、水の音、風の音、遠くから響く馬のいななきなど、自然音や抽象的な音を強調することで、劇中の静寂を破り、武時の心理的な恐怖を増幅させています。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

『蜘蛛巣城』は、能の様式美という日本の古典芸術を、映画という近代的な表現手法に取り込むことで、時代も文化も超える普遍的な悲劇性を獲得しました。

感情を爆発させる「動」の三船と、感情を極限まで抑制する「静」の山田の対比は、単なる演技のぶつかり合いではなく、黒澤明が意図した「様式美の力」を観客に深く植え付けることに成功しています。

ダニー
ダニー

こんなに能の要素があったんだね!よく分かったよ!

bitotabi
bitotabi

海外の人からすると、より衝撃的なんだろうね。日本人にとっては、多くの文化に慣れている影響もあって、そこまで斬新には感じないのかもしれない。

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