名作と言われつつも、私にとって映画『エレファント・マン』は長い間「高い壁」のような存在でした。というのも、かつてデヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』に挑んで見事に寝落ちしてしまったという、手痛い失敗体験があったからです。
以来、「リンチ=手強い」というイメージが染み付いていましたが、監督がこの世を去り、改めてその足跡が語られる中で、私もついに重い腰を上げて決着をつけるべく、再生ボタンを押しました。

一般的には「鬱映画」として紹介されることも多い本作ですが、実際に鑑賞して見えてきたのは、そんな言葉では片付けられない、あまりに清らかで力強い「救い」の物語でした。

『エレファントマン』の見どころやメタファーに関する考察を語っていくよ~!
リンチ作品の中で最も明解なストーリー
私はこれまで、『ブルーベルベット』や、夢と現実の境界が崩壊していく『ロスト・ハイウェイ』、そして迷宮のような構成で知られる『マルホランド・ドライブ』などを鑑賞してきました。そうした「リンチ作品=解読不能な迷宮」という印象を抱えて本作に挑んだのですが、結果として驚かされたのは、その物語の圧倒的な明解さです。
かつて私を眠りに誘ったあの難解な作風とは一線を画す、驚くほどストレートな人間ドラマでした。
もちろん、リンチらしい不可解で不気味な演出は随所に散りばめられています。受付前で争う女性たちの姿や、執拗に映し出される機械の駆動シーン。特に本筋とは直接関係がなさそうなカットが挿入されるたび、やはりリンチの映画を観ているのだという実感が湧いてきます。

脳裏にこびりつく「暴力」と「時代の喧騒」
なかでも中盤、工場で半裸の男たちが機械をピストンさせ、象の鼻や叫ぶ女性のイメージが重なるシーンは圧巻であり、同時に戦慄を覚えました。
劇中では、警備員たちが連れてきた若い女性に無理やりキスをさせ、メリックを嘲笑う凄惨なシーンがあります。あの工場の不気味なカットは、あきらかに暴力的な性のメタファーであり、彼がいままで人間以下の扱いを受け、蹂躙されてきた過去を暗示しているのでしょう。

同時に、これらの映像は当時の「リアルな暮らし」をも写し出しているように感じます。現代とは違う、粗野で落ち着きのない当時の空気感。製造業や鉄鋼業が激しく鼓動し、社会が変革していく中での人々の鬱憤や喧騒。あの騒々しく暴力的なカットの数々は、そんな殺伐とした時代背景そのものを、剥き出しの質感で提示していたのではないでしょうか。
こうした不穏なメタファーと、時代が持つ熱量が差し込まれるからこそ、本作は単なるお涙頂戴ではない、底知れない深みとリアリティを放っています。

残酷なほどの「美しさ」と、それ以上に熱い人間ドラマ
本作を観ていて印象的だったのが、看護師たちがやたらと若く、そして美しいことです。これは間違いなく監督の狙いでしょう。メリックの異形や、彼を取り巻く薄汚れた環境と、彼女たちの無垢な美しさを対比させることで、より視覚的な際立ちを生んでいます。

そんな過酷な現実の中で、アンソニー・ホプキンス演じるトリーヴス医師の存在は唯一無二の救いでした。普段はどこまでも紳士的で理性的な彼が、夜な夜なメリックを虐待していた警備員を容赦なく殴り飛ばしたシーン。あの瞬間、一人の人間として尊厳を汚すものに激昂する彼の姿には、思わず惚れそうになるほどのかっこよさがありました。

宇宙への帰還、魂の解放
「鬱映画」という前評判を耳にして鑑賞をためらっている人がいるなら、私はあえて否定したいと思います。
ラストシーン、メリックは自らの意志で横たわって眠ることを選びます。それは死を意味しますが、その後に広がる宇宙の映像は、決して絶望ではありませんでした。それは肉体という重い檻から解き放たれ、魂が本来あるべき場所へ帰っていく解放そのものです。

鑑賞後の落ち込みは全くありません。むしろ、これほどまでに真っ当で、気高く、美しい人間讃歌を私は他に知りません。
今日の映学:逃げずに、観てよかった
最後までお読みいただきありがとうございます。
怖そう、難解そうという理由で、私と同じようにこの作品を遠ざけている方がいたら、伝えたいことがあります。
『エレファント・マン』は、目を背けたくなるような人間の汚さを描きながら、同時に、人間が持つ最高の気品を教えてくれる映画です。デヴィッド・リンチという稀代の監督が遺したこの光を、今こそ多くの人に受け止めてほしいと心から願っています。

ずっと逃げてきた高い壁の先には、想像もしていなかったほどに澄み切った宇宙が広がっていました。

避けている人は、ぜひ。
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